【29話】邸内の異変 ※グラディオ視点
クリムゾンドラゴンとの戦いを終えたグラディオは、レクシオン公爵邸へ帰ってきた。
しかしエントランスの手前で、一度立ち止まる。
本当の家族になろう――これからフェリシアへそれを伝えにいく。
緊張する気持ちを落ち着かせるために、グラディオは深呼吸をした。
「……よし!」
覚悟を決めたグラディオは、エントランスへ入った。
「…………おかしい」
そうしてすぐ、グラディオは異変に気付いた。
いつもはエントランスに入ると、メイドか執事が出迎えにくる。
しかし今日は誰も出迎えにこない。こんなことは初めてだった。
それに、屋敷内が不気味なほどに静まり返っている。
話し声はおろか、物音ひとつ聞こえてこない。
屋敷の中には使用人たち、そしてフェリシアとリリアンがいるはず。
それなのに、まるで無人みたいだ。これは明らかにおかしい。
「なにかあったのか?」
不審に思ったグラディオは、屋敷中を見て回っていく。
思った通り、屋敷の中に使用人たちの姿は見えない。
誰一人としてだ。
(なにが起こっている……!)
つのる焦りと不安を感じながら、グラディオは食堂へ入った。
「――!?」
そこには、ロープで手足を拘束された使用人たちがいた。
全員気を失っている。
「傷はないようだ。よかった」
気を失っているだけで、暴行を受けた様子はない。
無事で安心する。
「侵入者のしわざか」
グラディオが留守をしている間に、侵入者があったとみていいだろう。
しかし、目的がわからない。
侵入者と聞いて真っ先に思いつくのは盗賊だが、その線は薄い。
家の中にあった高価な美術品の類は、なにひとつとして荒らされていなかった。
侵入者が金目的の盗賊であるなら、それはおかしい。
さらには、使用人たちが無傷で拘束されているというのも不可解だ。
殺してしまった方が手っ取り早い。わざわざ面倒なことをする意味がわからない。
(侵入者はいったいなんの目的で――ッ!)
ここでグラディオは、あることに気付いた。
食堂にいるのは使用人だけ。
フェリシアとリリアンが、ここにはいない。
嫌な予感がする。
食堂を出たグラディオは、急いでリリアンの部屋へ向かった。
「フェリシア、リリアン!」
リリアンの部屋の扉を開けて、グラディオは叫ぶ。
しかし、返事はない。
二人の姿はそこになかった。
「二人はどこへ――なんだこれは?」
部屋に入ったグラディオは、机の上に置いてある紙を見つける。
その筆跡は、フェリシアでもリリアンでもなかった。
”グラディオ。お前の妻と娘とは預かった。
返してほしければ、王都の南の外れにある赤色の廃屋敷へ一人でこい。
そこで俺と決闘しろ。
仲間を連れてくることや、衛兵に通報することは禁じる。
もしやってみろ。
二人の命の保証はないぞ。
お前と剣を交えるのを楽しみにしている”
「ボルクめ……!」
名前は記載されていなかったが、犯人はもうわかった。
こんなことをする相手は、一人しかいない。
手紙をグシャっと握り潰したグラディオは、すぐさま馬にまたがった。
南の方角へと、全速力で駆けていく。




