【28話】侵入者
正午過ぎ。
フェリシアはいつものように、リリアンに令嬢教育を行っていた。
「失礼しますっ!!」
ノックもなしに、リリアンの部屋にメイドが飛び込んできた。
表情は強張り、息を切らしている。
普通じゃない。
「そんなに慌てて、いったいどうしたの?」
「フェリシア様、リリアン様! 今すぐここからお逃げください! 屋敷に侵入者が――」
話の途中で、メイドが床に倒れる。
気を失っていた。
赤い髪をした見知らぬ男性が、メイドのうなじへ手刀を放ったのだ。
「レクシオン公爵夫人とその令嬢だな?」
フェリシアとリリアンのところへ、男性がゆっくりと近づいてくる。
口元には、楽し気な笑みが浮かんでいた。
「フェ、フェリシア様……!」
「大丈夫よリリアン」
フェリシアは膝立ちになった。
ガタガタと震えるリリアンの体を、ギュッと抱きしめる。
「……あなたは誰ですか?」
近づいてくる男性を、フェリシアはキッと睨みつけた。
フェリシアも怖い。
もしひとりだったら、ガタガタ震えるだけで身動きが取れなかっただろう。
でも今は、リリアンを守らなければいけない。
強いその気持ちが、フェリシアの体を動かしていた。
「俺はボルク。三年前まで王国騎士団の副団長をしていた。あんたの旦那――グラディオの元部下さ」
グラディオの名前を呟くボルクには、並々ならぬ執念を感じた。
とてつもなく恐ろしい予感がする。
フェリシアは奥歯を噛んだ。
表情は、よりいっそう険しいものへと変わっていく。
「……なにをしにここへ?」
「そう怖い顔をしなくてもいい。俺の目的はグラディオと決闘をすること、ただそれだけだ。あんたたちは、グラディオを釣るためのエサだ。危害を加えるつもりはいっさいない」
「その言葉を信じられると思いますか……!」
フェリシアは、気絶しているメイドを見た。
「まぁ、説得力はないわな」
ボルクがニヤリと笑う。
やっぱり信じられない。
今すぐここから逃げ出さなければならない。
(リリアンを連れて逃げるのは……たぶん難しいでしょうね)
相手は王国騎士団の元副団長。
逃げ出そうとしても、すぐに捕らえられてしまうだろう。
(それなら……!)
フェリシアはボルクへ視線を戻す。
その瞳には大きな覚悟が宿っていた。
「私はどうなろうと構いません。その代わりこの子には、いっさい手を出さないで!」
「フェリシア様!?」
抱きしめているリリアンが涙交じりに声を上げた。
わんわん泣いてしまう。
「嫌! そんなの嫌です!!」
「ごめんねリリアン。でも、こうするしかないの」
泣きじゃくるリリアンの頭をそっと撫でる。
リリアンは泣き止まない。
大粒の涙を流して、嫌です! 、と叫んでいる。
「泣ける親子愛じゃねえか! ハッハハハハ!」
抱き合う二人を見て、ボルクは大笑いした。
「びびって逃げだすかと思ったがよ、あんた……なかなか肝が据わってるな。あんたみたいな美人は大好きだぜ」
「あなたに褒められても嬉しくありません!」
「これは失礼。その勇気に免じてガキは見逃してやりたいところだが……悪いな」
小さな笑みを浮かべたボルクが、フェリシアへ片腕を突き出した。
「【スリーブ】」
(これは睡眠魔法……!)
フェリシアの意識が、どんどん遠のいていく。
抱きしめているリリアンは、既に意識を失っていた。
「リリ……アン」
絞り出すようにして声を上げる。
それを最後に、フェリシアの意識は完全に途切れてしまった。




