【27話】満たされない日々
レシュアル王国の王都――ベルノーにある冒険者ギルド。
そこの酒場では、朝から短く刈られた赤髪の男が浴びるように酒を飲んでいた。
男の名はボルク・ウルバーン。
四十歳の冒険者だ。
ボルクは屈強な体と、卓越した剣の腕前を持っている。
困難な依頼をいくつもこなし、多額の報酬金を稼いでいた。
「クソッ……」
しかしボルクは、満たされない日々を送っている。
三年前のあの日からずっとだ。
当時のボルクは、王国騎士団の副団長。
比類なき剣の腕前で、団員たちからも一目置かれる存在だった。
しかし同時に、問題視もされていた。
度を超えた激しいしごきを、団員にしていたからだ。
周囲からその行いを何度も注意されたが、ボルクは聞く耳を持たなかった。
団員へのしごきは彼にとって、必要なことだったからだ。
真面目に仕事だけしているなんてつまらない。
たまにはガス抜きをしないと、やってられなかった。
だからいくら注意されようとも、やめようとしなかった。
そんなある日。
「ボルク。貴様を騎士団から除隊する」
言い渡してきたのは、騎士団長のグラディオ・レクシオン。
凍てつくような冷たい眼を、ボルクへ向けいてる。
「なんでだよ?」
「わからないのか? 団員に対する貴様の行いを、俺は散々注意してきた。だか貴様は一向に改善しようとしなかった。であれば、もうこうするしかないだろう」
(生意気な野郎だぜ!)
グラディオは年下のくせに、いつも偉そうに注意してきた。
ボルクはそれが気に入らなかった。いつも腹を立てていた。
そしてグラディオもそうだ。
ボルクのことを嫌っている。態度でわかる。
今回の除隊はおそらく、団員たちへのしごきが原因ではない。
グラディオは単純に、ボルクが気に入らなかった。だからそれっぽい理由をつけて、騎士団から追い出した。
(そうだ……そうに決まってる!)
グラディオへの怒りがふつふつと湧いてくる。
「わかったよ。こんなクソつまらねぇ仕事なんてやめてやるぜ」
騎士団の仕事に未練はない。
ボルクほどの剣の腕前があれば、他にいくらでも仕事はある。除隊されるのはどうでもよかった。
「だが、条件がある。俺と決闘しろ」
生意気なグラディオ。
ヤツをそのままにしておくことはできない。
(決闘で叩きのめして、俺の方が上だと証明してやる! ヤツのプライドを粉々に砕いてやるぜ!)
「断る。貴様と戦う理由がない」
グラディオはボルクを一瞥。
背を向けて去っていった。
(かっこつけやがって! 噓ついてんじゃねぇよ!)
グラディオの実力は高いが、ボルクにはかなわない。
決闘の結果は、やる前から目に見えている。
グラディオもそれをわかっている。だから逃げた。
決闘で負けるのが怖いからだ。
騎士団を去ってからも、ボルクは何度もグラディオの元を訪れた。
決闘を申し込んで打ち負かすためだ。
しかしグラディオは、一度も決闘を受けなかった。
毎回、貴様と戦う理由がない、とそればかり。ずっと逃げ続けている。
ボルクは胸の内には、三年間のうっぷんがたまりにたまっている。
いくら困難な依頼をこなして多額の金を稼いだところで、それが解消されることはない。
グラディオを決闘で叩きのめすことでしか、ボルクはもう満たされないのだ。
「ふざけんな!」
当時のことを思い出すと、今でも腹が立つ。
酒を一気に飲み干したボルクは、空になったジョッキを机に叩きつけた。
「おい、知ってるか? ゼスト大平原にクリムゾンドラゴンが現れたらしいぜ」
それは、ただの偶然だった。
近くのテーブルで酒を飲んでいた冒険者たちの会話が、ちょうどボルクの耳に入ってきた。
「マジかよ! てか、大丈夫なのか? クリムゾンドラゴンがもしここへきたら、俺たちみんなひとたまりもないぜ。全員死んじまうぞ」
「それなら心配ない。もう倒されている」
「え? 倒されたって……誰にだよ?」
「王国騎士団団長、グラディオ・レクシオンさ」
(グラディオだと!)
席を立ったボルクは、会話をしていた冒険者のテーブルへ向かった。
グラディオが倒した、と口にした冒険者へ顔をグッと近づける。
「それは本当の話か!」
「あぁ。知り合いの情報屋が言っていたからな。信頼できるぜ」
「いつだ!」
「……は?」
「ヤツがクリムゾンドラゴンを倒したのはいつのことだ!」
困惑している冒険者の胸倉をガッと掴む。
眉間にしわをよせ、強く睨みつける。
冒険者はボルクの迫力に圧倒されていた。
怖がりながら、たどたどしく口にする。
「五日……五日前って言ってた」
「五日か……これはいい!」
ボルクはニヤリと笑う。
王都からゼスト大平原までは、どんなに急いでも五日はかかる。
グラディオが王都に帰ってくるのは、最短で今日の夕方。
つまりそれまで、ヤツがレクシオン公爵邸に戻ることはない。
(夕方まで、まだ時間はたっぷりある。これはチャンスだ! ありがとうよ神様!)
三年越しの雪辱を晴らすチャンスがついにきた。
なんてツイているんだろうか。
「こうしちゃいられない! さっそくとりかからなきゃな!」
冒険者の胸倉を乱暴に突き放したボルクは、冒険者ギルドを出ていく。
その雰囲気は、すこぶるご機嫌。三年ぶりに浮かれた表情をしていた。




