【23話】報われない気持ち
シートに座るフェリシアとグラディオの後ろ姿を、リリアンは木陰に隠れてひっそりと見守っていた。
「いい雰囲気です!」
リリアンがシートから離れたのは、綺麗な花を見たかったからではない。あれは嘘だ。
グラディオとフェリシアを、二人きりにさせてあげたかった。
そのために嘘をついて、ここまでやってきた。
二人がいい雰囲気なのを、リリアンは感じている。
まさに”らぶらぶ”というやつだ。
二人はお互いを好き合っている。
それなのに、二人の関係は契約によって結ばれた夫婦。つまりは、嘘の関係だ。
お互いが好きなのに、そんなのはおかしい。
絶対に間違っている。
リリアンはフェリシアと本当の家族になりたい。
フェリシアのことを『お母様』と読んでみたい。
グラディオとフェリシアがもっと仲良しになれば、この願いは叶う――リリアンはそう考えている。
だからこそこうしてシートから離れて、二人だけにした。
「二人とも、もっと仲良くなってください!」
「……グルル」
「そして本当の夫婦になるんです!」
「グルルルル!」
「グラディオ様はもっとアピールをして――あれ? ぐるるるる?」
リリアンはここで、唸るような獣の声に気付いた。
そして。
「ひぃっ……!」
声の方を見たリリアンは、小さく悲鳴をあげた。
顔が青ざめていく。
そこにいたのは大きな狼。
銀色の毛に覆われた体を揺らしながら、ゆっくりとこっちへ近づていてきている。
あまりの迫力にリリアンは大きく恐怖。
「うわあああああ!!」
尻もちをついて、大きな悲鳴を上げた。
シートに座っていたフェリシアとグラディオは、いっせいに後ろを振り向いた。
背中越しに、大きな叫び声を聞いたからだ。
「リリアンの声だ!」
「急ぎましょう!」
立ち上がった二人は、すぐさまリリアンの元へ駆けていった。
リリアンは尻もちをついていた。
完全に腰が引けていて、その場から動けないでいる。
「リリアン!」
名前を叫んだフェリシアは、その場にかがんだ。
尻もちをついているリリアンを、ギュッと抱きしめる。
「大丈夫? 怪我はない?」
「だだだだだ、大丈夫です。でも……」
リリアンが震えながら指をさす。
その方向には大きな狼がいた。
尖った牙をむき出しにして、こちらへ向かってきている。
鋭い瞳は、フェリシアとリリアンをまっすぐに見据えていた。
獲物を狙っている目だ。
(ここから今すぐ逃げないと……!)
そう思って立ち上がろうとしたとき。
「大丈夫だ。俺に任せろ」
二人の傍らに立っているグラディオが、優しく口にした。
グラディオが狼の方へ体を向けた。
三白眼の赤い瞳が、鋭さを増していく。
「俺の家族には手を出させない。それ以上近づいてみろ。ただではすまさんぞ……!」
威圧感だっぷりのドスの利いた声が響く。
それと同時に、すさまじいまでの殺気を放っていた。
「ク……クゥゥン」
狼が弱々しい声を上げる。
グラディオに背を向けて、逃げるようにして去っていった。
グラディオには勝てない、と野生の勘でそう判断したのかもしれない。
「これでもう大丈夫だ」
二人に声をかけるグラディオの雰囲気は優しい。
たっぷりの殺気だけで狼を打ち負かした彼とは、まるで別人のようだった。
グラディオを見つめるフェリシアの目は、柔らかく光っていた。
俺の家族――そう言ってくれたことが嬉しい。
大事にされていることが、強く伝わってきた。
(ダメよ……この気持ちは報われないのに)
彼を好きになってはいけない。
それはわかっているのに無理だった。
どうしても気持ちが溢れてきてしまう。
頭ではわかっていても、体がそれを許してくれなかった。




