【20話】私を選んでくれた人
グラディオに引き剝がされたミレアは、信じられないといった顔で大きく驚いていた。
「なんで…………どうして私を拒絶するのですか? 今の私ならあなたと吊り合えるのに?」
「貴様がなにを言っているかわからんが、俺の妻はフェリシアだけだ。入れ替えで貴様を妻に迎える気はない」
「ひ、ひどいです!!」
ミレアがかなぎり声で叫んだ。
瞳には涙が溜まっている。
「この五年間、私はずっとあなたのことだけを想って努力してきた! それなのに!」
「先ほども言ったように、俺は貴様のことなど知らない」
「違う! 私たちは五年前に出会っている!」
「そうか。だとしても、どうでもいいことだがな。俺の答えは変わらん。……話は終わりだ。とっとと出ていけ」
しかしミレアは出ていかなかった。
グラディオへ一歩踏み込んで、硬く握った拳で自らの胸をドンと叩く。
「この五年間、私はずっと女としての自分を高めてきた! 今の私は魅力に溢れている! フェリシアなんかよりもずっと!!」
ミレアがフェリシアを鋭く睨みつけた。
ナイフのような視線には、怒りと憎しみがたっぷりと詰まっている。
「あんたのことがずっと憎かった! 私より綺麗だったあんたのことが……ずっと!」
「……もしかしてそれが、私のことを虐げてきた理由なの?」
「そうよ! でも今の私は、あんたよりもずっと美しい! あんたがお父様とお母様と私にいじめられて泣いている間、私はずっと努力してきた! グラディオ様に認めてもらうために!!」
ミレアがグラディオへ顔を戻した。
溜まっていた涙が、瞳をこぼれおちていく。
「フェリシアはなんの取り柄もないクズです! これっぽっちも価値はありません! 本当に価値があるのは、この私です! どうかわかってください!!」
「……十分にわかったよ」
「わかっていただけたのですね! さすがは私の運命のお方です!!」
ミレアの顔が輝く。
でもそれは、ほんの一瞬だけだった。
「あぁ。貴様が性根の腐ったクズだということがな」
想像していた答えとは、まるっきり違ったのだろう。
輝きを失ったミレアの表情には、大きな驚愕が浮かんでいた。
「レクシオン公爵夫人を侮辱した罪は重い。よって、イスピラル子爵家の領地の半分を没収することとする」
「…………へ?」
ミレアから気の抜けたような声が上がる。
なにを言われているのか、さっぱり理解できていなかった。
ミレアの散財癖が原因で経営が苦しいイスピラル子爵家にとって、この制裁は大打撃だ。
これが原因で経営が立ち行かなくなり、財政破綻してしまうことも十分に考えられる。
そうなればもう、没落貴族としての道を辿るしかない。
果ては爵位没収、なんてこともありうる。
「それはあんまりです! どうかお許しを!!」
グラディオに言われたことをようやく理解したのか、ミレアが大きな声で叫んだ。
涙をボロボロとこぼしながら、必死な顔で懇願している。
しかしグラディオは、なにも答えない。
唇を引き締め、冷たい目線をミレアへ送っている。
それが彼の答えだった。
「お姉様……!」
グラディオに懇願しても無意味と知ったミレアは、今度はフェリシアを見てきた。
必死な表情で救いを求めてきている。
ミレアにとってのフェリシアは、虐げるだけの存在のはず。
格下だ。
そんな相手に救いを求めるなんて、プライドの塊でできているミレアにとっては耐えがたい屈辱だろう。
こんなことは初めてだ。
それだけミレアも本気ということだ。
他に頼れるものがないのだろう。
しかしフェリシアは、首を横に振った。
「あなたたちはずっと、私を虐げ続けてきた。どんなに謝っても、絶対にやめてくれなかった。だからね、あなたたちを助けたいとはまったく思わないの。ごめんなさいね。力になれないわ」
「そ、そんな……!」
ミレアの最後の手段は、簡単に拒否された。
ミレアが床に泣き崩れる。
「話は終わりだ」
グラディオが指を鳴らした。
外で待機していた執事が部屋に入ってくる。
「お客様がお帰りだ。無理矢理にでも外に連れ出せ」
「かしこまりました」
床にへたり込んでいるミレアを、執事は立たせた。
引きずるようにして体をひっぱり、部屋の外へ連れ出していく。
「どうかお許しを!」
引きずられていくミレアは、声をからして泣き叫ぶ。
しかし最後まで、フェリシアとグラディオがそれに応えることはなかった。
ドアが閉まる。
ゲストルームがシンと静まる。
「実は私、ちょっと怖かったんです」
下を向いたフェリシアが、ポツリと呟いた。
「ミレアはかわいいし魅力的。女性としては、私より彼女の方が上です。だからグラディオ様はミレアを選んでしまうかもしれない――そんなことを思ってしまいました。……でも違いました」
顔を上げたフェリシアは、グラディオをじっと見つめた。
口元には安堵と喜びの笑みが浮かんでいる。
「グラディオ様はミレアではなく、私を選んでくれました。ありがとうございます」
俺の妻はフェリシアだけだ――あの言葉を聞いたとき、熱い感情が胸に溢れた。
グラディオがあの言葉を、どんな意図で言ったのかはわからない。
契約妻として扱うには、おとなしめのフェリシアの方が都合がいいから――それくらいにしか思っていなかったのかもしれない。
でも、そうだとしてもフェリシアは嬉しかった。
エドガーに選ばれなかった自分を、グラディオだけは選んでくれた。
今もまだ心臓の高鳴りがとまらない。
どうしようもなく、グラディオにときめいている。
「当然だ。俺の妻は君しかいない。それに……俺にとっては君の方がずっと魅力的だからな」
「ごめんなさい。『それに』のあとを、もう一度言ってもらってもよろしいですか?」
小さすぎて聞こえなかった。
だがらもう一度聞こうとしたのだが、
「な、なんでもない! 今の言葉は忘れてくれ!」
拒否されてしまう。
しかも、もう聞かないでくれ、と言わんがばかリに大きな声でだ。
そんなグラディオの顔は、真っ赤になっていた。
「……わかりました」
いったいなにを言おうとしていたのだろうか。
大きな疑問を抱きつつも、フェリシアは頷いた。
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