【19話】爆弾発言
「お客様は中でお待ちです」
「ありがとう」
入り口の扉のところに立っている執事にお礼を言ってから、フェリシアはゲストルームへ入った。
ミレアはソファーに座っている。
フェリシアは顔をひきつらせながら足を動かしていき、ミレアの対面のソファーへ座った。
「久しぶりですねお姉様」
ミレアの黄色の瞳が、フェリシアを見つめる。
人を見下している、悪意の詰まった視線を向けている。
その姿はイスピラル子爵家にいたときと同じ。
三か月ぶりに対面した義妹は、なにひとつとして変わっていなかった。
「顔色も髪のツヤもいいですね。実家にいたときとは大違い。まるで別人のようです。今の生活をそうとう満喫されているのでは?」
「……なにしにきたの?」
「すぐにわかりますよ」
ミレアの口角が上がる。
歪んだその笑みは、なにかを企んでいるかのよう。
フェリシアの首筋に、ゾワリとしたものが走る。
対面の不気味な笑みに、恐怖を感じずにはいられなかった。
それと同時。
「遅れてすまない」
グラディオがゲストルームへ入ってきた。
ミレアの歪んだ笑みは、一転。
一瞬でかわいらしいに笑みへと変わった。
フェリシア以外には見せることのない、外面用の取り繕った笑みだ。
嘘がうまいミレアは、こういった表情の切り替えもお手のものだった。
グラディオは、フェリシアのすぐ隣へ腰を下ろした。
「君がフェリシアの妹か。よくきてくれてたな」
はす向かいに座るミレアへ、グラディオは朗らかに声をかけた。
歓迎ムードだ。
グラディオには、イスピラル子爵家でどういう扱いを受けてきたのかを話していない。
だから彼は、ミレアの本性を知らないでいる。
かわいらしく笑うミレアを見て、仲のいい義妹が姉の様子を見にきた、とでも思っているのかもしれない。
「お久しぶりですグラディオ様……!」
ミレアが勢いよくソファーから立ち上がった。
表情には満面の笑み。
それはさきほどまでの取り繕った笑みではない。
心からの笑みだった。
「あいかわらず素敵ですね!」
「……うん? 君とは初対面のはずだが?」
「そう思われるのも無理はありません。あのときに比べると、私はずいぶん変わりましたから!」
ミレアはその場でくるりと一回転。
パチリと片目をつぶって、グラディオへウィンクをした。
グラディオは両目でまばたき。
困惑している。
「……それで今日は、どんな用件できたんだ?」
「婚姻の挨拶に伺いました! 私とグラディオ様の!!」
飛び出してきたのは、超巨大な爆弾発言。
ミレアはいったいなにを言い出すのだろうか。
意味がわからない。
フェリシアは驚きのあまり、言葉を発することができなかった。
隣にいるグラディオもそうだ。
瞳を大きく見開いて、それはもう派手に驚いていた。
「……君はなにを言っている? もしかして、冗談を言っているのか? そうだとしたらあまり面白くないぞ」
「いいえ、冗談ではありませんよ」
後ろで両手を組んだミレアが、グラディオのもとへゆっくりと歩いていく。
その瞳はとろんとしていて、大きなハートマークが浮かんでいた。
「私は本気です」
ミレアがグラディオの首の後ろに両腕を回した。
身を乗り出して、耳元へ口を近づける。
「ずっとお慕いしておりました。私の運命の人」
ミレアが愛をささやく。
本気の感情だけがこもっている、純度100パーセントの愛だ。
(どういうこと!? どうしてミレアがグラディオ様と……)
もうなにがなんだか。
状況のわからないフェリシアは、半分パニック状態だった。
そんなフェリシアへ、ミレアが顔を向けた。
「なにが起こっているかわからない――そんな顔をしていますね。いいですよ。私が説明してあげます」
ミレアが得意な顔になる。
口元に浮かんでいるのは、勝ち誇った笑みだ。
「これからは私がレクシオン公爵夫人――グラディオ様の妻になります。お姉様はお払い箱。もういりません。荷物をまとめて、イスピラル子爵家に早急にお戻りください」
「――!!」
締め付けられるような強い痛みが、フェリシアの胸に走る。
イスピラル子爵家はフェリシアにとって、地獄と変わらない場所。
もう二度と戻りたくない。
でも一番の理由は違った。
ここを離れるのが辛すぎるのだ。
グラディオやリリアンと暮らす毎日は楽しく、幸せにあふれている。
地獄にいたフェリシアを、二人が救い出してくれた。
レクシオン公爵家こそが、フェリシアの居場所だ。
イスピラル子爵家ではない。
せっかくできた温かくて優しい自分の居場所を失う――それがフェリシアにとってなによりも辛いことだった。
(そんなのは嫌! 助けて!)
心で叫ぶフェリシアは必死に助けを求める。
頭に浮かぶその相手は、グラディオだった。
「とっとと離れろ」
冷たく言い放ったグラディオが、首に絡みついてるミレアの両腕を解く。
密着している体を無理矢理に突き放した。
フェリシアの必死の祈りは、グラディオへちゃんと届いていた。