【17話】運命の人 ※ミレア視点
よく晴れたその日。
ミレア・イスピラル子爵令嬢は、婚約者のマルセルに婚約破棄を言い渡した。
婚約してから一年後の出来事だった。
「どうして!?」
マルセルは驚愕の顔を浮かべて、ミレアの両肩を掴んできた。
瞳には涙を浮かべている。
ここはレシュアル王国の中規模都市――ベルノーの街中。
路上を歩く人たちは、取り乱しているマルセルを奇異の目で見ていた。
「僕のどこが気に入らないんだ! 治すから言ってくれ!」
「うーん……そういうことじゃないの。マルセルに非があるわけじゃないわ」
十八歳のマルセルは、裕福な伯爵家の長男。
顔もスタイルも悪くない。
一生懸命尽くしてくれるし、優しい性格をしている。
怒られたことは一度もない。
これまで数多くの男性と関係を持ってきたミレアだったが、マルセルはその中でも上位。
彼とこのまま結婚すれば、きっと幸せになれるだろう。
でもそれは、ミレアが望んでいる未来とはまったく違う。
「あなたは運命の人じゃない……それだけよ」
「え……運命? ど、どういうこと?」
「じゃあね」
両肩を掴んでいる手を、ミレアは払い除けた。
困惑しているマルセルに背を向ける。
「一年間、それなりに楽しかったわよ」
「待って! 待ってくれよミレア! ちゃんと説明してくれ!」
ミレアはスタスタと去っていく。
背中越しにマルセルの泣き叫ぶ声が聞こえてきたが、歩く足をとめることはなかった。
未練も後悔も、なにひとつだってない。
ミレアには既に、心に決めた運命の人がいるのだ。
あれはもう、五年前のこと。
レシュアル王国の王都――ベルノーで開かれたとある社交パーティーで、ミレアは彼と出会った。
それはまさに一目惚れ。
見た瞬間、全身を雷に貫かれたような大きな衝撃が走った。
(これはきっと運命の出会いよ!)
ミレアはさっそく、彼に話しかけにいく。
「初めまして! 私、ミレア――」
「すまない。用事があるので失礼する」
彼は冷たく言い放った。
その瞳はミレアを一瞬見ただけで、すぐに別の方を向いた。
興味がないのは明らかだった。
(う、嘘でしょ……)
声をかけた男性に、こんなにも冷たい反応をされるのは初めてだった。
ミレアは美しい容姿を持って生まれてきた。
声をかければ男性はみな、ミレアに好意的な反応で接してくれる。
でも、彼は違う。
冷たく突き放した。
そうされてしまった理由はわかる。
彼に見合うような女になれていない――そう判断されたのだ。
つまり、女としての魅力に欠けている。
だからミレアこの五年、女としての魅力をひたすらに磨いてきた。
男をとっかえひっかえして男心をくすぐる技を学び、綺麗な宝石やドレスを片っ端から身に着けた。
元々美しかったミレアの輝きに、さらに磨きがかかった。
今では、令嬢の中でも一番美しい、とまでいわれるようになっている。
「今なら彼にも――グラディオ様にもきっと振り向いてもらえるはずよ!」
ミレアの運命の相手、それは、グラディオ・レクシオンだ。
端正な顔立ちに、艶めく漆黒の髪。
それになにより、あの真紅の三白眼。
鋭く尖り狂気の光を宿しているあの瞳は、誰も寄せ付けないような絶対的な力を持っている。
ミレアはその力に強く魅入られた。
一瞬にして心を撃ち抜かれてしまった。
グラディオから契約結婚の話がきたときには驚いた。
最初はミレアが話を受けようと思っていた。
これは運命の人と一緒になれる大きなチャンスだ。
いまいましい義姉のフェリシアになんて、譲る気はなかった。
でもそのときミレアは、しばらくしてからグラディオ様を奪った方が面白い、と考えた。
フェリシアが嫁いでから三か月。
レクシオン公爵夫人となったことで、今のフェリシアはまともな生活を送っているはずだ。
そのポジションを、ミレアが奪う。
グラディオの妻となる。
離婚したフェリシアは、イスピラル子爵家に戻るしかない。
彼女にとってイスピラル子爵家は地獄と同じ。きっと大きく絶望するだろう。
幸せを感じている人間ほど、不幸になったときの絶望は強くなるもの。
ミレアは、そうなったときのフェリシアを見てみたかった。
きっと面白い顔をしてくれるはずだ。
だからミレアはあえて、契約結婚の話を受けなかった。
運命の人と一緒になれて、フェリシアを絶望のドン底に突き落とす――二つの目的を同時に果たすために。
「奪うにはちょうどいい頃合いね。さて、フェリシアはどんな顔で絶望してくれるのかしら。楽しみだわ……フフフ」
にんまりと上がった口角から、愉快な笑い声が出ていく。
フェリシアの顔を想像すると、笑いが溢れてとまらなかった。




