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【16話】不思議な女性 ※グラディオ視点


 その日の夕方。

 

 修練場からレクシオン邸に帰ってきたグラディオは、手ぬぐいを持って通路を走っているメイドを見かけた。

 フェリシアの部屋へ向かっている。

 

(フェリシアになにかあったのか?)


「待て」


 気になったグラディオは、メイドを呼び止めた。

 

「君は今、フェリシアの部屋へ行こうとしているよな? なぜ手ぬぐいを持っている?」

「フェリシア様が風邪をひいてしまったのです。手ぬぐいを取り替えるために、私は部屋へ行こうとしていました」

「……手ぬぐいをくれ」


 メイドへ向けて、グラディオは手を伸ばす。


「俺がやろう」


 フェリシアが風邪をひいた――それを聞いたとたん、考えるより先に手を伸ばしていた。

 いても立ってもいられなかった。

 

「……よろしくお願いいたします」

 

 困惑しているメイドから、グラディオは手ぬぐいを受け取った。

 フェリシアの部屋へ向かう。

 

 

 ドアをノックをすると、どうぞ、という声が聞こえてきた。

 

 まずは一安心。

 声はしゃがれているが、彼女の声を聞けてホッとした。

 

「失礼する」


 小さく声をかけたグラディオは、フェリシアの部屋へ入った。

 

「……どうしてグラディオ様がここに?」


 部屋に入った瞬間、驚きの声が聞こえた。

 ベッドに横たわっているフェリシアは、グラディオを見てびっくりしている。

 

「驚かせてすまない。メイドから、君が風邪をひいたと聞いてな。心配になって見にきたんだ」

「別に謝るようなことではないですけど……」

「おかしい……かな?」


 ベッドへ近づいたグラディオは、フェリシアの額に乗っている手ぬぐいを取り替えた。

 

「そうですね……ちょっと不思議な気分です」


 フェリシアが微笑む。

 思っていたよりも余裕があって元気そうだ。

 

「具合の方はどうだ?」

「朝と比べて、だいぶよくなりました。この子のおかげです」


 フェリシアが脇へ視線を移す。

 そこでは、フェリシアの体にぴったりくっついているリリアンが寝息を立てていた。

 

「私のこと、一生懸命看病してくれていたんですよ。それこそ、一日つきっきりで。グラディオ様にも見せてあげたかったです」

「そうだったのか。起きたら褒めてあげないとな」

「はい。ぜひそうしてあげてください」


 グラディオとフェリシアは見つめ合う。

 互いに微笑んだ。


「それにしても私の様子を見にきてくれるなんて、グラディオ様は本当に優しいお方ですね」

「……」


 グラディオはなにも言えなかった。

 

 心臓がドキンと跳ねてしまって、うまく言葉が出てこなかった。

 

 前にも同じようなことがあった。

 街のアクセサリーショップで、フェリシアがサングラスを買ってくれたときだ。

 

「グラディオ様を悪く言われると、私が悲しいですから」と、フェリシアはそう言ってくれた。

 誰かからあんな風に言われたのは初めてだった。

 

 あのときもグラディオの胸は、今みたいに高鳴っていた。

 

 理由はよくわからない。

 だからきっと、まぐれだと思っていた。


(だが、これで二度目だ。俺はフェリシアに()()な感情を抱いている)


『特別』の正体がなんなのかは、グラディオはまだわからないでいた。

 なにしろこれは、生まれて初めて感じるもの。名前がわからない。

 

 初めての感情といえば、社交パーティーのときもそうだった。

 

 フェリシアを嘲笑していた貴族どもを見かけたとき、グラディオの胸の内に炎が灯った。

 激しい怒りの炎だ。

 

 あんなにも誰かを許せないと感じたのは、あれが初めてだった。

 

 あのときグラディオは、レクシオン公爵家のメンツのために怒ったではない。

 心無い言葉でフェリシアを傷つけている貴族どものゲスな行為、それが許せなかった。

 

 自分が悪く言われるのはいい。

 だが、フェリシアが悪く言われることには我慢ができなかった。

 

 どうしてそんなにも我慢できなかったのか――これもグラディオにはわからなかった。

 

「俺にこんな感情を抱かせるなんて、君は不思議な女性だ」


 フェリシアは答えない。

 色々と考え事をしている間に、眠ってしまったみたいだ。


「おやすみ」


 グラディオはフェリシアとリリアンの頭を撫でて、部屋を出ていく。

 その口元は、楽しそうに微笑んでいた。

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