【11話】グラディオと街へ
夜の九時。
フェリシアは私室にて、明日の令嬢教育の準備をしていた。
テーブルの上に教材を広げ、範囲の確認を行っていく。
そこへ、グラディオがやってきた。
「令嬢教育の準備をしていたのか?」
「はい。明日の座学で教える範囲の確認を行っていました」
「こんなに遅くまで熱心だな。助かるよ」
「いえいえ。好きでやっていることですから。それで、どうされたのですか?」
「君に話があってきたんだ。……来週、ブート侯爵家主催の社交パーティーが開かれる。一緒に出席してほしい」
「かしこまりました」
外でレクシオン公爵夫人として振る舞うのも、契約に定められているフェリシアの大事な役割だ。
本音を言うと社交パーティーはあまり好きではないが、そうも言ってられない。
「明後日は予定があるか?」
「その日は令嬢教育の週休日ですし、特に予定はありません」
「ならばパーティーに着ていくドレスを、一緒に買いにいかないか?」
フェリシアはなにも言えない。
あまりに唐突な発言に面食らってしまった。
「君には色々と感謝しているんだ。どうしてもお礼がしたい」
(そういうことね。でも別に、お礼はいらないのだけど……)
先日グラディオに言ったように、フェリシアは大したことはしていない。
頑張ったのはリリアンだ。
だから、お礼をしてもらうようなことはなにもしていない。
しかし見つめてくるグラディオは、真剣そのもの。
三白眼には強い決意を感じる。
ここで断るのは、逆に悪いような気がした。
「……わかりました」
少し悩んだ末、フェリシアは話を受けることにした。
二日後。
フェリシアとグラディオは、レシュアル王国の王都――ベルノーの街へきていた。
「人がいっぱい! ものすごく栄えていますね!」
道の端にはずらっと露店が並んでいる。
舗装された石畳の道の上には、多くの人が出歩ていた。
活気あふれる街の光景を目にして、フェリシアは大興奮。
緑色の瞳をらんらんと輝かせていた。
「ベルノーの街にきたのは初めてか?」
「はい!」
というより、こういった場所にくること自体が初めてだった。
イスピラル子爵家にいたときは、令嬢教育と家業の書類仕事を押し付けられる毎日。
屋敷の外へは、ほとんど出たことがなかった。
「では、ドレスを買ったあとで街を案内しよう」
「よろしいのですか?」
「あぁ。せっかくきたんだからな。ただ買い物して帰るというのも味気ない」
「ありがとうございます!」
(本当に優しい人ね)
王国騎士団長だけでなく公爵家の当主でもあるグラディオは、とても忙しい身だ。
修練場から屋敷に帰ってきたあとも、毎日大量の書類仕事をしている。
屋敷に戻れば、大量の仕事が残っているに違いない。
ドレスを買うという用事を終えたら、すぐにでも家に帰って仕事を片付けてしまいたいはず。
それでもフェリシアのために、こうして案内を申し出てくれた。
彼のその優しい気持ちが、フェリシアは嬉しかった。
二人はまず、ドレスショップへ向かった。
社交パーティーに着ていくドレスを購入する、という目的を果たすためだ。
店内に入る。
「……わぁ」
フェリシアから感嘆の声が漏れる。
店内にはたくさんの美しいドレスが飾られていて、そのどれもが高級感で溢れている。
客層も身なりのいい人間ばかりだ。
この店はまさに、セレブご用達の高級店、といった雰囲気をしていた。
「こういうドレスがほしい、とか希望はあるか?」
「いえ……特には」
フェリシアの着ていた服はいつも、ミレアのおさがり。
与えられたものを着るだけで、自分で選んだことは一度だってない。
そのため、どういうデザインが好きなのか、と聞かれても答えられなかった。
「わかった。そういうことなら俺に任せろ」
小さく笑ったグラディオは、少し得意気。
近くにいた店員を呼んだ。
「彼女にあうパーティードレスを見繕ってくれ」
「かしこまりました」
丁寧に頭を下げた店員は、さっそくドレスを選び始めた。
「実は俺も、服を選ぶのが苦手でな。社交パーティーに着ていくジャケットを買うときは、いつもこうして店員に頼んでいるんだ。プロである彼らの判断なら間違いないからな」
(そういうことだったのね)
得意気だったから服選びに自信があるのかと思ったが、それは違ったようだ。
面白くてフェリシアは笑ってしまう。
(それにしても、ちょっと意外ね)
グラディオは、なんても完璧にこなしてしまうイメージがあった。苦手分野があることには驚きだ。
でも、なんだか嬉しい。
共通点ができたことで親近感を覚えていた。




