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第二章 脱困

道格はスフィンクスの自己紹介を聞いても驚かなかった。今彼が知りたいのはスフィンクスが語る脱出法だ。


「いいかげんにせい。お前の生い立ちなどどうでもよい。どうすればここから逃れられるか早く言え」


「話の分かる方だと助かります。あの食いしん坊の兄貴よりずっとましですわ……」


「余計な前置きはいい! 時間が無いのだ! 早く方法を言え!!」


「では本題を。このグレイプニルの縄を断つ必要があります」


「無駄だ! この縄は余が自ら作りし最強のもの。全力を尽くしても断てぬ」


道格はスフィンクスの言葉に再び怒りを爆発させた。ようやく抱いた希望がまたも砕かれる。


脳内でスフィンクスが突然声を張り上げた。


「焦るな! まだ話は終わっておらん。おいデュラー! 寝たふりして聞きやがったな!」


スフィンクスの叫び声が道格の頭を鈍器で殴られたように響く。耳鳴りが収まると、新たなだるげな声が響いた。


「まさかあの狂獅子が双子だったとはな」


この声の主は道格の右腕の犀頭、氷火淵の氷帝・眠犀デュラーだった。


「この世でグレイプニルを断てるのはデュラーだけだ」


「奴が?」


「私が?」


道格とデュラーが同時に疑問を発した。デュラー自身も信じられない様子だ。


「眠犀など四百年前に軽々と捕えた弱者が。グレイプニルを断てるはずがない」


道格の言葉はデュラーへの侮蔑に満ちていた。デュラーは反論せず黙り込む。


「力だけで言えば陛下に敵う者などいない。だがデュラーにはこの世で唯一無二の能力がある──絶対零度の氷を生み出す力だ」


「つまりデュラーに氷でグレイプニルを断てと? 笑わせるな。グレイプニルは万物を通さぬ。氷ごときで断てるはずがない」


「……同感だ」


デュラー自身も否定の声を上げた。


「グレイプニルは確かに万物を通さぬ。だが道格、絶対零度を知っているか?」


「絶対零度?」


道格は大英界で読んだ書物の記憶を辿る。過目不忘の能力を持つ彼の脳裏に、氷河期の文献が浮かび上がった。


「そうか……その意味か!」


「絶対零度とは何だ?」


今度はデュラーが疑問を発した。


「万物は各々の凍結点を持つ。これを超越する時、いかなる堅牢な物質も霊子と分子が崩壊する」


「わが氷気でグレイプニルを絶対零度まで凍てつかせよと?」


「然り!」


スフィンクスの理論を聞いたデュラーは深いため息をついた。


「不可能だ。この私の力の限界を自覚している」


デュラーの言葉に道格の希望が再び揺らぐ。四百年前の戦いを思い出す。確かに奴の氷気など所詮この程度だった。


「単独では不可能だろう」スフィンクスが脳内で光を放つ。「だが貴様は今や覇王道格とネメアと融合している。我等が霊子を与えれば、氷帝の息吹は数倍に増強される」


「良い考えだ。脱出後、褒美をやろう」


デュラーが躊躇う中、道格は既に同意を示していた。


「しかし本当に可能なのか?」


デュラーはなおも疑念を拭えない。


「余計な戯言を! 余の霊子を得られるなど、畜生の分際で千生の誉れぞ」


長い沈黙の後、デュラーはようやく絞り出すように答えた。「……承知した」


「決したなら始めよう」

「待て」

「また何だ!?」

道格が霊子の集積を始めようとした瞬間、スフィンクスが制止する。


「絶対零度達成まで3分しかない。私は魂体故に霊子を持たぬ。ネメアの霊躯を操る必要があるが──」


「ハハハハハ! 小獅子ごときの霊子など不要! 余の霊子だけで十分だ」


道格が霊子を集めようとするが、僅かしか蓄積できない。


「どういうことだ? なぜ集まらぬ!?」


「ラーマが単なる硝子と縄で貴様を封じると考えるか? この液体が霊子を拡散させる。だがデュラーは……」


デュラーが冷たく遮る。「狂獅子だけで四千年も火淵を治められる訳がない」


「だが流石は七界四淵の覇王」スフィンクスが光脈を計測する。「短時間でこれだけの霊子を──」


「普段の十分の一にも満たぬ」


「計算上は三者合算で絶対零度に到達可能だ」


「それでは始めよう!」


道格が霊子を集約しようとした瞬間、脳髄を抉るような痛みが襲う。


「人格消去が始まった! 急げ!」


スフィンクスの声と共に、狂っていたネメアの頭部が急に静止する。瞼を閉じた姿はデュラーと相似していた。


「全霊子をデュラーの頭部へ集中させよ!」


道格が右腕へ霊子を流し込むと、眠犀の眼球が真紅に輝く。その眼光は狂獅子をも凌駕する獰猛さを帯びていた。


「ぐぎゃああっ!?」


デュラーの頭部が180度反転し、人間離れした角度で首筋の縄に喰らいつく。亀裂が走る氷結音が培養槽内に響き渡る。


「足りぬ! もっと霊子を!」


白煙が実験室を覆い、研究者たちが震えだす。「冷暖房故障か?」と誰かが叫んだ。


「デュラー! 冷気を集中させろ!」


「できねえよ! 霊子が暴走し……ぐあああっ!」


スフィンクスが警告する。「ネメアが制御奪還! 霊子拡散開始!」


「三すら持たぬとは!」


道格の額に血管が浮かび上がる。左手の獅子頭の右耳に牙を立てると、紫の血潮が噴出した。


「愚かものが! 静まれええっ!」


ネメアの絶叫「ウォオォォッ!!」が防弾硝子を震わせた。


「やるじゃないか!」


スフィンクスがネメアの霊躯を再制御し、霊子をデュラーへ流し込む。氷結音が次第に高まり、遂に「ガシャーン!」と拘束が解ける。


「まずい! グレイプニルが……!」


白衣の研究員が硝子に顔を近づける。縄が真っ二つに凍てついているのを目撃した瞬間──


「ああ、まずい。お前らがな」


紫の血潮を顎に滴らせた道格が、硝子越しに研究員を睨みつける。首を弓のように反らせ、防弾硝子へ頭蓋鉄槌を叩き込む!


「ぎゃあっ!」


研究員が尻餅をつく。硝子に微かなヒビが入ったかと思った次の瞬間──


「キィィィン! パリーン!!」


亀裂が蜘蛛の巣状に広がり、青緑色の培養液が溢れ出す。研究員の視界に映った最後の光景は、自らの下半身が獅子の牙に食い千切られる姿だった。


実験室全体が悲鳴に包まれる。犀頭が上半身を氷漬けにし、水晶を齧るように砕く音が響く。


中央に立つ裸身の男が、蟻地獄を見下ろすような眼差しで室内を一瞥する。


「腹が減った」

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