第一章 覇王成妖
「七界四淵は全て我が物...不死身の時間潰しに、また世界を壊してやろうか」
「ガウッ! ガオオオォ!!」
暗闇を震わせる獣の咆哮。男は漆黒の空間で眉をひそめた「ラーマ! 応えよ!」
虚無に消える叫び声。数秒経っても応答はなく、男の声が徐々に怒気を帯びる「一族皆殺しにするぞ! 六十秒数える!」
暗黒の中、獣の唸りだけが反響する。男が苛立ちを爆発させようとした瞬間、突然視界が白く染まった。
「うっ...!」
瞼を細めながら、ぼんやりとした人影を捉える。獣の咆哮に混ざって聞こえるのは、どこか懐かしい声だった。
「成功しました! 融合完了です!」
「覚醒状態は?」
「臨界点突破! いつでも起動可能!」
「ならば急がせろ」
男の神経を突き破る激痛が全身を駆け巡る。「ぐあああああっ!!」七界の聖乳で鍛えた肉体すら震える痛みに、歯を噛み締めた。
「ご機嫌よう、陛下」
「ここは...お前は...ラ...?」
「はい、ラーマでございます」
ガラス越しに白い衣装の男が跪く。周囲には青緑の液体が満ち、男の身体を無数の管が繋いでいた。
「説明しろ」
ラーマが恭しく頭を下げる「陛下のご命令通り、最強の合成獣『キマイラ』を完成させました。それが貴方――七界四淵の覇王、フィラキオ・ドーグその人です」
「何だと!?」
掴みかかろうとした腕が、異様な重みを感じる。左腕には獅子の頭蓋が蠢き、硝子壁を噛み砕こうと暴れている。「やめろ! この...!」
「陛下お忘れですか?」ラーマが指を鳴らすと、二人の従者が彼の衣装の埃を払い始めた「炎帝狂獅子ニメア、氷帝眠犀デュラハン――お気に入りの戦獣たちが、今や陛下の血肉となりました」
右腕を見れば、犀の角が鈍い光を放っている。左腕の獅子とは対照的に、深い眠りに落ちたような静寂を保っていた。
「永遠に陛下と共にいますよ」
「がぁあああああっ!!!」
七界の聖母たちの乳で育てられた鋼の肉体が軋む。男は記憶にない激痛に歯を食いしばった――刀剣すら通さぬこの身に、痛みなど存在しなかったはずだ。
「ご機嫌よう、陛下」
「ここは...お前は...ラ...?」
「はい、ラーマでございます」
白銀の長衣を翻し、男が片膝をつく。青緑色の液体に満たされた空間で、厚い硝子の向こうに三人の影が跪いている。
「ラーマ...これは?」
従者二人が衣装の塵を払いながら、ラーマがゆっくり立ち上がる。「陛下のご意志のままに」
「最強の合成獣キマイラを完成させました。貴方こそ七界四淵の覇王フィラキオ・ドーグです」
「何だと!?」
締め殺そうとした瞬間、腕が重い鉄塊のようになる。左腕を見れば、獅子の頭蓋が暴れ狂い「ガオオオォ!」と硝子面を噛み砕こうとしている。
「はははは!陛下は覚えておりますか?」ラーマが長袍の袖を翻す「氷火淵の炎帝、狂獅子ニメアを!もちろん右手にも傑作を」
右腕には犀の頭蓋が存在した。獅子とは異なり、分厚い瞼を閉じたまま静寂を保っている。
「陛下が寵愛した炎帝狂獅子ニメアと氷帝眠犀デュラハン」
ラーマが硝子に掌を押し当て「永久に貴方の血肉となりました。ご満悦ですか!?」
「ラーマッ!!!」
ドーグは生まれながらに七界の神々の祝福を受け、この世界を巨大な玩具と見なしてきた。七界四淵の征服さえ、単なる気晴らしに過ぎなかった。数百年を生き、喜怒哀楽の感情はすっかり失われていたが、ラーマの狂った笑い顔を見て、ついに「怒り」という感情を思い出した。生涯初めて、死を超える恐怖を人間に与えたいと願う。
自分の手の怪物を見て、ドーグの胸に燃え上がる怒り。ラーマの名を叫びながら、頭で硝子を叩き割り、ラーマを引き裂こうと暴れる。しかし首筋の何かが引き締まり、硝子から紙一重の距離で固定される。
「陛下が自ら作ったグレイプニルの縄ですよ」ラーマが培養槽の硝子に顔を押し付ける。
「陛下自ら『世界一頑丈』と宣言した通りでしょう? ははははは!!」
ドーグはラーマの言葉を無視し、獣のように暴れ続ける。獅子の頭が硝子を「ガシャン!ガシャン!」と叩くが、薄い硝子にさえ傷一つつかない。
「どうぞ存分に暴れてください。あと2時間で陛下の人格は完全に消去されます。この世から覇王道格はいなくなり、私の命令に従順なキマイラだけが残るのです!」
ここまで言うと、ラーマは再び哄笑を爆発させた!「落ち着け」
「……!?」
突然の声にドーグが周囲を見回す。ラーマと白衣の従者たち以外に声の主はいない。
「冷静になって聞け」
「誰だ!? 誰が話している!?」
ラーマもドーグの突然の叫びに驚きを隠せない。
「陛下はついに正気も失ったか! では獣化完了後にお会いしましょう。さようなら、いえ永別です」
ラーマが従者に指示を出すと退出する。
「今私は直接脳に話している。脱出したければ冷静に」
七界四淵を400年支配した覇王は即座に状況を理解した。
「貴様は誰だ? なぜ心霊術を使う?」
「流石は覇王。私はネメアだ」
ドーグが左腕の獅子頭を見下ろす。その名はまさに狂獅子と同じ。
「狂獅子ニメアか?」
「そうだが違う。双子の弟で、生まれた時兄に喰われた。魂は融合し、名はスフィンクス」