恐怖だ!! 庭先のネギマンボウ!!
うちの庭には草が生えている。それはもう、たくさんたくさん生えている。緑色のやつと、黄緑色のやつと、深緑のやつと、花みたいなやつ。
全部食べてみたけれど、食べられるのは花みたいなやつだけだった。残機が3減ってしまった俺はその日、初めて蕎麦を食べた。
手で食べた。箸のジェスチャーをそのまま器に突っ込み、蕎麦を持ち上げて口へ運ぶ。
指が痛かった。火傷後の噛み傷という誰もが味わいたくないであろう痛みの極み。略してイタキワだ。
だからなんだというのだ。俺は俺の生き方がある。誰に何を言われる筋合いもないはずだ。いつ俺がネギマンボウになっても、世界はそれを受け入れるべきなのだ。
さて。現在時刻0時6分。こんな夜中に集まってくださってありがとうございます。今から夜食を作りますよ。
あ、申し遅れました。わたくし、エスパーの『風』と申します。風エスって呼んでください。
今夜は極悪ピザを作ろうと思います。まずは材料の紹介です。
2人前
・極悪サナギ
・極悪ミルク
・極悪麺
・極悪赤福
・極悪チーズケーキ
・酢
・ホワイトニング味噌
これらを全てボウルに入れて、しばらく眺めてください。泡立ってきたら念力で火を通します。
600分念じます。
完成です。朝食になってしまいましたが、美味しいのでヨシとかにしましょう。
コンコン
誰かが玄関を叩いています。人んちのものだと思って遠慮なく叩いています。
ドアを開けると見知らぬ青年が立っていました。右手をこちらに差し出しています。輪ゴムが1個だけ乗っています。これは夢でしょうか?
「賭けをしましょう」
青年が言いました。
こんな得体の知れない知らない人と賭けをしていいのでしょうか。イカサマをされないか心配です。
「これ、何に見えますか?」
「輪ゴムです」
どう見ても輪ゴムなので、そのまま答えます。
「ですよね」
「はい」
「でも、僕はこの輪ゴムに『君は輪ゴムではないよ』と毎日言い聞かせてきました。それでも輪ゴムだと思いますか?」
「輪ゴムだと思います。あなたはピーナッツですよと言われ続けたところであなたはピーナッツにはなりませんよね?」
「なりませんね。僕はピーナッツです、と言っても信じて貰えないでしょうし」
なんか普通に会話してるけどこの人、インターホンも鳴らさずにいきなり玄関叩いてたんですよね。片手に輪ゴム乗せて。
「そこで提案なのですか、これが輪ゴムか輪ゴムじゃないか賭けませんか?」
「え? 輪ゴムって自分でも認めてましたよね?」
「その上でです。私には武器がありますから」
やっぱりイカサマしそうですねこの人。
「さぁ、なにを賭けますか?」
「やりませんよ」
「えっ? 面白いのに?」
「面白くてもこんなイカ臭い(イカサマ臭いの略)賭けやりませんよ」
「300万円あげますよ」
「でも負けたら300万円取られるんでしょ?」
「いや、あなたが負けたら1万円でいいですよ」
「えっ!?」
「やりましょやりましょ」
いや、これは罠だ! 300万円と1万円という圧倒的な差でこっちに得がある賭けだと思わせているだけで、向こうが100%勝つ仕掛けがあるに違いない! これは300万円vs1万円の戦いではなく、ただ1万円回収されるだけのゲームなんだ!
「やりません、帰ってください」
「なんで!!!!!」
「だって100%こっちが負けるようになってるに決まってますから」
「そんなことないですって!!!!」
「言いましたね!? 嘘だったらぶっ殺しますからね!」
「え? 殺されるんですか?」
「嘘だったらですよ。嘘じゃないなら別に怖くないでしょ」
「そ、そうですね、やりましょうか」
なんとかこっちのペースに持って来ることが出来ました。
「では賭けをしましょう! これは輪ゴムか輪ゴムじゃないか! どーっちだ!」
「輪ゴムじゃない!」
「ダメです! 輪ゴムじゃない派には僕しか賭けられません! 定員があるんで!」
「なんじゃそりゃ舐めてんのかクソハゲが!」
「僕がルールですから! さぁさっさと輪ゴム派に賭けなさい!」
命令口調ムカつくなぁ。
でも1万円でこのめんどくさいヤバいやつが帰ってくれるならもういいか⋯⋯
「はいはい輪ゴム輪ゴム」
「ファイナルアンサー?」
「おめーが輪ゴムしか選べねぇっつったんだろうが!」
「はい。では引っ張ってみましょうか、レッツショータイム!」
男が輪ゴムを指でつまんで持ち上げると、その形のまま持ち上がった。これいつの輪ゴムだ? 固まってるじゃん。
「あの、この輪ゴム何歳なんですか?」
「10歳です」
「10歳!?」
こんなの伸びるわけないじゃないか! 輪ゴムじゃないって言い聞かせたとかそういう話じゃないじゃん! 絶対ちぎれるよ!
「行きまーす!」ぶちっ
1ミリも伸びる気配がないまま、あっけなく10歳の輪ゴムは砕け散った。
「残念、輪ゴムじゃありませんでしたね」
え?
「いや、輪ゴムでしょ」
「え? 今の見てなかったんですか? 全然伸びませんでしたよね? 伸びない輪ゴムなんて輪ゴムじゃないでしょ?」
「いやでも輪ゴムは輪ゴムでしょ。あなた、寝たきりになったらその人はもう人間じゃないって言うんですか? 問題ですよ?」
「あ、ほんとだ。負けを認めます。今からスマホで300万円振込みますね。支店名と口座番号教えてください」
え? こわ。物分かり良すぎてこわ⋯⋯屁理屈タイムもないんだ。
「ちんちんの銀行ハンバーグ支店のチョメチョメですけど⋯⋯あの、300万円ポンって出せるんですか?」
「出せます。今までこれでめちゃくちゃ儲けてたので」
「そんな儲かるんだ」
「えーっと、wagomudaisuki000っと」
「輪ゴムじゃない派なのにパスワード輪ゴム大好きなんですね」
「ええ、まあ」
照れているようだった。なんなのこいつ?
「振込みました。確認してください」
見てみると、本当に入っていた。
「今日はありがとうございました。またリベンジさせてくださいね。それではさようなら」
「リベンジしても勝てないと思いますけど、さようなら」
落ちた輪ゴムを拾ってこちらに背を向ける青年。
あ、門のところにネギマンボウがいる!!
ネギマンボウとは、両手に冷凍長ネギソードを持ったムキムキのマンボウのことで、この世で1番凶暴と言われているのでとにかく逃げた方がいい!
「お兄さん! ネギマンボウいますよ!」
「え?」
青年がこちらを振り返った瞬間、彼の向こうでネギマンボウが大きな口を開けた。
次の瞬間、彼はいなくなっていた。
「ポリポリポリ⋯⋯あ、風エスさん! 郵便でーす! これ書留なんで、免許証かなにか見せてもらえると⋯⋯」
血の滴る口のまま、大きめの封筒を持ってこちらに向かってくるネギマンボウ。なんで人間食ったのにプリッツの音なんだよ。
「免許証ないんで中学の頃つけてた名札でもいいですか?」
「大丈夫ですよー」
「はい」
「はい確認しました、こちらですねー、ありがとうございました〜」
そう言ってネギマンボウは帰って行った。
庭のネギマンボウが通ったところだけ紫色に変色していた。
3日後、その場所から空飛ぶ円盤が山ほど生えてきた。ネキマンボウの体液はUFOを育てるのに最適だと言われていたけど、種撒かなくても生えてくるんだね。
聞いてないよそんなの。
封筒の中には「ニンジン」と書かれた紙が入っていただけだった。