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7話:吸血鬼狩り

「こっこー、こっこー。どこいくのー」


 テオフィルとガブリエラが竜の国の片隅に移住してから数ヶ月がたった。

 鶏も買った。小屋こそテオフィルが作ったが、ガブリエラは日々せっせと世話をしている。


 朝に卵を取り、朝食の後に小屋の掃除も行う。昼の陽射しが高い時間にはテオフィルは眠ってしまうため、家の周囲の草むらで虫を食んでいる鶏の後ろをついていく。時には近隣の子供たちが遊びに来ることもあった。


 がさり、と家の正面で音がする。誰かと思って見にいくと、会ったことのない大人がそこには立っていた。

 彼が扉に手を伸ばすと電気が流れたかのように手が弾かれる。

 テオフィルは言っていた。自分が眠っている間は招かれざる者を拒絶する結界が張ってあると。

 ガブリエラはそっと後ろに下がる。男は彼女に向かって猫撫で声で言った。


「ガブリエラちゃんだね?」


 彼女はそれには答えず逃げだした。だが家の背後にも別の男が回り込んでいた、彼女は挟み撃ちとなり、男たちに捕らえられた。




 夕方、テオフィルが目を覚ますとガブリエラの姿が無かった。

 起き上がり、地下室から階段を登る。建物の中、庭、姿が見えない。もちろん遊びに行っているだけなら問題はない。だが小屋に戻さず放置された鶏たちが、庭でこちらを不満そうに見上げている。

 彼女はいつも「こっこ、こっこ」と呼び大切に育てていた。らしくない。


 そして彼の鋭敏な知覚は、庭に残る臭いを嗅ぎ取った。夜の一族が嫌う魔除け、大蒜のものである。

 テオフィルは舌打ちした。


 吸血鬼狩り共だ。


 彼女を駅で拾ってから数ヶ月。起居を彼女と共にしたが、結局彼女の血を吸うこともなく、夜の一族に迎え入れることもなかった。

 故に居場所を異能で探ることはできない。だが、想像はつく。

 この集落に吸血鬼狩り共が来た、いやそもそも外部の者が来たことをテオフィルが知らないということは身を隠して近づき直ぐに事に及んだということだ。自ずと居場所は知れると言うもの。

 彼は夕暮れの道を集落の中央、たった一つの飲食店にして酒場へと向かう。

 路上に倒れる男女。店の主人と女将だ。


「何があった」


 彼らを抱えおこして尋ねる。


「し、仕込みをしていると男たちが……!」


「そうか、ここは危険だ。離れなさい」


「だ、だがあんた、ガブリエラちゃんが!」


 テオフィルは頷く。


「分かっている。他の者たちにも近付かないよう言ってくれ」


 彼らが逃げ出すのを見送った。

 陽が落ちる。夜に戦おうとする吸血鬼狩りは少ない。夜の一族は日差しの下では弱る故にそこを狙うのが常道ではある。

 ではなぜ夜を戦いの場に選んだのか。テオフィルは不浄の土を媒介に、昼は余人を立ち入らせない結界を張っていたこと。そしてもう一つ、相手も夜に力を発揮する場合だ。


「“故郷喰らい(カントリーイーター)”!」


 酒場の中から吸血鬼狩りの男の声が響く。


「……やはり貴様か混血児ダンピール!」


 彼を追い回している男、シスルの国の村を焼いた男の声だ。

 吸血鬼と人間が交わることで生まれた者。吸血鬼ほど異能に長けはしないが、弱点もない。そしてその多くが吸血鬼狩りという生を選ぶ。


「お前の大事にしている娘は中だ!入ってこい!」


 明らかな罠であった。だがそれを無視する訳にはいかなかった。

 テオフィルは泰然とした足取りで中へと向かう。


 扉を開けると吸血鬼狩りの姿は見えず、酒場の机は片付けられて、ただ洋燈の灯りが部屋を照らす。中央にはぽつんと一人、椅子に紐で縛り付けられて座るガブリエラの姿。

 こちらを見た彼女の顔に喜色と絶望が同時に宿る。


「テオフィルさま!こないで!」


 彼女は首を横に振って叫んだ。

 テオフィルは答えず彼女の下へと歩みを進める。軋む床板。

 彼は目視しなくとも知覚している。部屋の四隅のうちの2つ。男たちがこちらに銃口を向けていると。


 テオフィルが彼女の下へ、部屋の中央に辿り着いた時、轟音が酒場の空気を揺すった。


 重なり合う銃声。

 部屋の隅、机に隠れた男たちが構えた最新の雷管式回転パーカッション式拳銃リボルバーから放たれる銀の弾丸(シルバーバレット)による弾幕。


 テオフィルの超常的な知覚は銃弾すらも視認させる。

 古き、高位の吸血鬼たる彼はその異能により身を霧と化すことで、それら全てを避けることすら可能だ。

 だが銃弾の半分はガブリエラを狙っていた。そうなれば弾は彼女を貫くであろう。


 男は少女を抱きすくめる。

 全身に聖別された銀の礫が刺さり、衝撃にその身が跳ねる。


「テオフィルさま!」


 悲鳴が彼の鼓膜を打った。

 男は答えず、手の爪を鋭き鉤爪と化して少女の身に食い込む綱を切り払う。そして彼女の藍玉アクアマリンの瞳を覗き込む。


「怪我はないか」


「わたしは……」


 ガブリエラが目に涙をたたえて頷く。


「良かった」


「でもテオフィルさまが」


 男は彼女の頭に手を置いた。彼は全身を紅に染め、それでも微笑んでいた。


「逃げなさい」


「ごめんなさい……」


 彼女の藍玉からは涙が溢れ、頬を濡らす。

 男は鉤爪で傷つけぬよう、そっと涙を手の甲で掬った。


「謝ることなどないさ、さあ逃げなさい。ここに近づいてはだめだ」


 そう言って出口に向かって彼女の背を押した。

本日完結です。

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