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6話・歌

 新たな生活が始まった。

 譲り受けた鶏を飼育し、小さな畑を耕して生きる。

 テオフィルは田舎での暮らしは慣れていて力もある。昼に寝ている分、人より働く時間は短くとも広い土地を望まなければ楽なものである。

 その分、余った時間はガブリエラの教育にあてた。読み書きを、計算を学ばせ、彼の知識を伝えていく。


 ある夕暮れ、うたた寝をしていた男はちりちりと肌が灼けるような痛みを感じて目を覚ました。

 少女の高い声が聞こえる。それは旋律を奏でていた。彼は言う。


「その歌をやめなさい」


 先程から少女が口ずさんでいるそれは聖歌である。

 少女は教育も受けていない孤児であった。孤児院・救貧院などどこも満杯だ。そうでなければあの日、駅でふらふらなどしてはいない。

 だが教会の炊き出しなどで、聖句を唱えさせる代わりに炊き出しを受けていたのだろう。

 神を讃える歌を、意味もわからず歌わされていたに違いない。


 こちらに背を向け、手元で何やら作業をしていた彼女の身が震え、歌が止まった。

 肌の痛痒も止まる。


「ご、ごめんなさい。うるさかった、ですか?」


 振り返って怯えるように見上げてそう言う。


「いや……」


 教育を受けていない割には音程はしっかりしていた。僅かとはいえ、彼の肌に痛みを感じさせていたのだ、才能と言っても良い。


「天上の主とやらは……」


 口にするだけで舌がただれる。再生するのに一呼吸あけてから続けた。


「お前の身を救うことはなかった」


 俺の運命もな。それは口には出さなかった。

 彼女の身が震える。


「それでもお前はそれを讃える歌を歌うのか?」


「わ、わたし……」


 彼女が目を彷徨わせる。


「他のおうた、知らない、から」


 あまりにも単純な理由だった。彼の身体から力が抜ける。


「そうか、それはすまないことを言った」


 男は踵を返し、その場から離れようとする。


「あ、あのっ!」


 少女は珍しく大きな声を出して彼を呼び止め、しばらくもじもじと躊躇した。


「何か。怒りはしない、言ってみるといい」


「テオフィルさま、他のおうたを教えてくれませんか?」


 男の顔が奇妙に歪んだ。


 男は少女の前に座る。

 少女は満面の笑みだ。彼を恐れることもなく、全幅の信頼をおいた表情。


 なぜ世の不条理を一身に受けていたであろう身で、他人を信じられる?

 いや、人ですらないものを。


 問おうと口を開きかけて閉じる。再び口を開き、ゆっくりと口ずさんだ。


「♪アー、ヴー、ディ、レ、ジュ、マ、マン」


 それは普通の家庭に生まれていれば誰もが知るであろう民謡シャンソン

 その可愛らしい響きに少女の瞳が輝いた。


「♪あー、ぶー、でぃ、れ、じゅ、ま、まん?」


 男は頭を掻いた。

 音は正しい。だが彼のかつて存在した故郷の言葉を彼女は知らぬか。当然のことだ。

 それにこの歌詞は羊飼いの娘がシルヴァンドルという名の男に恋をする歌。彼女には早い。


「いや、こちらにしよう」


 そう言って咳払いを一つ。


「♪トゥイン、クル、トゥイン、クル、リト、ル、スター」


「♪トゥイン、クル、トゥイン、クル、リト、ル、スター」


 彼の声に少女の声が追随する。





「おい」


 とある炭鉱町の連れ込み宿。

 旅装の男がその受付を叩いた。明らかにその店を使う目的とは異なるであろう剣呑な気配。外套マントの下から覗くのは狩人の如き服。

 彼の背後、宿の外には似たような姿の男たちがたむろしているのも見える。


「……いらっしゃい」


 女将は酒焼けした声で警戒心もあらわに答える。まるで物語から山賊バンディッドでも現れたかのようだ。


「おい、こんな顔の奴が来なかったか」


 古びた紙に描かれた似顔絵が差し出された。

 人相悪く描かれているが、それでも分かる美貌の男。そしてテオフィル“故郷喰らい(カントリーイーター)”の文字。

 女将には見覚えのある顔だった。


「犯罪者なのかい?」


「人類の敵さ」


 その言い方、大蒜にんにくがキツい体臭。女将は顔を顰めた。


 吸血鬼ヴァンパイア狩り(ハンター)だ。


 人からも魔からも、聖からも俗からも嫌われる仕事。

 彼らが人の世の役に立たぬ訳ではない。だが、目的のためには周囲の被害を顧みぬやり口や、墓を暴くなどの蛮行が好まれる筈もなかった。

 女将は貴族然とした男を思い出す。


「血を吸うようには見えなかったけどね」


 吸血鬼狩りは肩を竦める。


「そりゃああんたの血には興味があるまい。なりたて(ニュービー)ならともかく、古き吸血鬼が好むのは処女の血と決まっている」


 そう言えば気を失った汚い少女を抱えていた。下男が何度か湯を持って行き、翌日には随分と綺麗になった彼女を抱えていたものだ。貴族の小児性愛者が後腐れなく少女を拾って抱いて殺すのかと思っていたが、ベッドのシーツには血の染み一つついていなかった。


「一月ほど前の嵐、その翌日に一泊していったね。あの日は汽車も止まってたからね」


 吸血鬼狩りの男は頷いた。彼も南に逃げたテオフィルがここで足止めされたと踏んで聞き込んでいるのだ。


「噂じゃ子供抱えて汽車に乗ってったって言うけどね。どこに行ったかは知らないわ」


 男の眉がぴくりと動き、口元が歪んだ弧を描いた。


「子供を連れていただと?詳しく話せ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] こっこ、こっこ! [一言] お世話されたい。
[一言] 仕事の休憩に読みはじめたら止まりませんでした きつい体臭、その時点であんたこそ人類の敵だ!(←違う 続きが楽しみです!
[一言] やはりあの女将、ころしておくべきだった……!!!(違 ありがとうございますありがとうございます こっこはいつ飼いますか? きらきら星ぃぃぃいいいい 次はよはよはよはよ
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