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甘い苦味  作者: もんちっち
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1.出会い

是非ご一読ください。




高校2年の9月中旬。温暖化のせいだかなんだか知らないが、急に冷え込んだ日だった。


そんな日に、“彼女”と出会った。


――――――――――――――――――――――――


高2の9月。誰もが受験に向けて本格的に動き出す時期。

俺、瀬田 冬馬(せた とうま)もその動きに合わせて受験生をスタートさせた、世間のイメージ通りの高校生だった。


「トマ、もう進路固まった?」


俺がこの“清賀(せいが)高等学校”、通称“セガコー”に入学して初めてできた友人、本橋 亮二(もとはし りょうじ)に話しかけられて、嫌なことを思い出させられ、しかめっ面で返す。


「まだ決心ついてない。塾に相談しても担任に相談しても『頑張れば受かる』ってそれしか言ってくれない。本当嫌になる」


「俺も俺も。ポジティブなこと言ってくれるのは良いんだけど、そう言われっとなかなかエンジンかかんねぇんだよなぁ」


「分かる。でもみんなどうせ頑張ってんだよな」


きっと誰もが同じように悩んでる。

きっと誰もが勉強に中々打ち込めなくて苦しんでる。

それはわかってるんだけど、どうしても自分だけが遅れて、置いていかれてる気がして焦る。


「みんな同じことで悩んでいます」学年集会で担任が、この時期の生徒にはこれ!と、言わんばかりの表情で言い放った言葉。

そんなのはとうにみんなが知っている。だが、生徒の目には、教師の目より鮮明に、残酷に映るのだ。生々しい差が。


それが心に重くのしかかるのだ。同年代で、同じ教育を受け、同じ時を過ごす仲間ができていることが、自分にはできない。辛い。死にたい。

死にたいってこうも簡単に思えてしまうんだ、そう痛感する。


「リョージはもう決まってんだよな、いいよなぁ」


「そんなことないんだ、それが。目指すところが決まってるのは確かに悩む必要なくて楽なんだけどな、まるでつまらないんだ」


あぁ、確かにこいつとまえにこんな話をした時も「一回観たそんな印象深くない映画をも一度観させられている気分」って言ってたな。

そう言うもんなのかと、自分の中に勝手に結論づけて席を立つ。


「じゃ、俺今日塾だから。じゃあな」


「おう、頑張れよ」


リョージと別れて駐輪場へ向かう。


その時だった。


階段を降りた踊り場で髪の短い女子とすれ違う。

なんだか、()()()()()()()()()()()()()()がした。


とても大人っぽい香りだった。

そしてこれが俺の、“彼女”との、“彼女”の匂いとの、出会いだった。


――――――――――――――――――――――――


学校からそのまま通える距離の塾に着いて、自転車をとめる。建物の中に入り、3階へ向かう。“高2スーパー英語”、真ん中のレベルだ。

席について授業の軽い予習を終えて単語帳を眺める。


静かな教室。ペンを動かす生徒、本を読む生徒、スマホをいじる生徒も俺と同じ単語帳を開いている生徒もいる。みんな受験生だ。今日のリョージとの会話を思い出しながらふと教室を見渡す。


単語帳に目を戻したその時、ざわざわと、胸の奥で嫌な予感がした。


開いていたページの最初の単語は、“ intercourse”だった。


――――――――――――――――――――――――


授業を終えて片付けながら、今日階段ですれ違った女子生徒の匂いを思い出していた。

どこかで、嗅いだ匂い。どこかで......。


「あ、思い出した」


母親の姉に当たる叔母さんの家と同じ匂いだった。嫌いじゃない、いやむしろ、ずっと嗅いでいたいような匂い。

思い出した懐かしさと同時に、授業前の胸騒ぎと似たものに再び襲われた。理由はわかっている。叔母さんと同じ匂いがするからだ。

叔母さんとは、今でも年に2、3回は会う。別に気まずい関係にあるわけじゃない。


ただ俺は知っている。幼いながらに知った、叔母さんの職業を。その匂いの正体を。


あまりいい気持ちにならないようなことを思い出して、少し重い足取りで駅に向かう。


その時、再び出会ってしまった。その匂いに。

そしてその匂いは、すれ違い終わる前に足を止めた。

思わず俺も足を止め、振り返ったしまった。


そこには、“彼女”がいた。


放課後の時と同じ人、同じ匂い。俺はしばらく固まっていた。そして話しかけられた。


「君、この匂い知ってるでしょ」


「......はい...」


「そして、私のことも知ってるよね」


「................はい.......」


“彼女”は、俺のクラスメイトだった。

金城 智香(かねしろ ちか)。俺のクラスメイトだ。綺麗な黒髪で肩ほどの長さの髪型、切長な目にツンと尖った鼻、薄くてピンク色の唇、所々から覗く白い肌。

学校でトップを争う美女だ。


「トマくん、この塾通ってるの?」


「う、うん、そうだよ。金城さんも?」


「うん、私もここ」


「そ、そうなんだ」


クラスメイトとはいえ、あまり話したことがない上にここまでの美女だと流石に気が弱るし緊張する。


「ね、トマくんさ、このあと暇?」


「うん、暇だけど...」


「じゃ、ちょっと付き合ってよ。そこのカフェでお話ししよ」


「え、う、うん...」


急展開が過ぎて頭が回らない。

あたふたしていると、金城さんが目の前まで近づいて囁いてきた。


「さっきも聞いたけどトマくん、この匂い知ってるよね?」


「.......うん...」


「じゃ、ひとつお願いがあるの」


「お願い...?」


「私の、セフレになって」


「.........................え?」


頭が真っ白どころか虚無になった俺の手を引いて、金城さんはカフェに入っていく。


もう一度、整理して流れを反芻する。


金城さんは、俺のクラスメイトだ。

金城さんは、俺にセフレになってくれと、頼んできた。


そして塾の授業からずっと頭を駆け巡っていることがひとつ。


俺の叔母さんは、金城さんと同じ匂いのした俺の叔母さんは、娼婦だ。





読んでいただきありがとうございます。

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