第四話 血塗られた 過去
海藻にくるまったまま、私は随分と長く寝ていたようだ。
夕暮れだった空が、気づいた時にはもう太陽が私のいる洞窟を照らしていた。
「ん・・。」
誰もいない静かな洞窟。
なんだか、ひどい孤独を感じた。
「はぁ・・・。」
まるで、あの時のような気分だった。
それは、今から約20年前。私が人間で言う8歳の誕生日を迎えた日。
「母様、私も一緒に残っていたいです!」
私の誕生日パーティーをするからという理由で、私は陸へ追い出されることになった。
「主役は、後で登場するものよ。あなたは陸で遊んできなさい。そうね・・ディティ、いるのでしょう?この子と一緒に陸に行ってあげなさい。」
人魚の街は、深い海の底にあった。私の住んでいる街は、たくさんの人魚が住んでいる大都市でもあった。
「じゃ、3時くらいに帰ってきてね。」
母様は、笑顔で言った。だから私も、意を決して陸へ向かった。
「ディティ、私初めて陸へ行くんだ!とってもたのしみ!」
’’僕は・・少し怖いな。’’
「大丈夫!私が守ってあげる!」
でも。
あっという間に時は過ぎ、私が海に戻ってくると、そこにあったのは。
「・・!!」
全壊した城、崩れかけた家々。そして、そこでピクリとも動かない私の仲間達の姿。
「くすくす・・・まだ一匹残っていたのね・・。」
それは、ぞっとするような声。地獄の奥底から湧いてくる声。
「あなたは・・海の魔女!?」
「あら嬉しい。私のこと知ってるのね?・・でも残念、もう充分生気は集まったみたい。」
魔女が、怖いくらいの笑顔でこちらを見る。
『百年入墨』
魔女がそうつぶやくと、いきなり腕や首筋に激痛がはしった。
「っつ・・!!」
腕を見ると、真っ黒な入墨が私の体中を覆っている。
「それは、100年かけてじっくりとあなたの生気を奪う入墨。あなたは、決して断ち切ることのできない私との絆を得たのよ?ふふふ・・・。」
「くっ・・!」
今まで体験したことのない激痛に、私は立っていることすらできなかった。
「私はそろそろ退散するわね。じゃ・・また100年後。」
そう言って、魔女は消えていった。
私は腕を押さえながら、生きている人魚を捜した。
でも。
「母様・・どうして・・。」
冷たい母の亡骸を目にした瞬間、私の目には涙があふれてきた。
「ぃやぁああああ!!」
そして、絶叫する私。誰も私を止められない。
叫んで叫んで、涙が出なくなるくらい顔をこすった。
「絶対に許さない・・・海の魔女!!」
そして私は、海の魔女が再び私の前に現れるのを待った。
100年後、きっと私の亡骸を見に来る魔女に、私は復讐する。
全て奪ったあいつから、今度は私が奪ってやる。
「・・・そんなこともあったな。」
腕を見ると、入墨はさらに濃くなっている。
自分でも気ずいていないが、生気が日に日に奪われている。
その証拠に、人間に化けていられる体力が落ちている。
’’怖いよ。’’
洞窟に迷い込んできた魚が、こうつぶやいた。
「そうね・・。」
私も、目をつぶって答えた。
誰だって怖い。でも私は負けられない。
あいつに奪われた、私の幸せを取り返すために。
「負けちゃダメよ・・。みんな。」