第二話 篠崎リン、人魚リン
「東京から来た、志貴泄くんです。みなさん、仲良くしてあげてくださいね。」
「東京!?まっじで!?」
なぜ、東京と聞いてここまで驚く。
「じゃぁ、志貴くんは空いてる席に座ってください。さっそく授業始めますよ。」
でも俺は、今はそんなことどうでも良かった。
「志貴、よろしくな。俺、南冬真ってんだ。」
「あ、あぁ。よろしく。」
昨日見た人魚。あれはやっぱり幻だったのか。それとも、現実だったのか。
「志貴、お前って東京のどこから来たんだよ。」
「世田谷。・・・でさ、ちょっと聞きたいことあるんだけど。」
「なんだ?」
俺は、笑われるかもしれないが、意を決して尋ねた。
「この街に・・人魚が住んでるって本当か?」
少しだけ、南の表情が驚いた。
「・・・。」
少し黙り込む南。俺は、その様子をじっと見た。
「ばぁーか!人魚なんているわけねぇだろ?俺だって、ここに何年も住んでるけど見たことねぇし。」
「・・・そうか。分かった。」
じゃぁ、やっぱり昨日見たのは幻だったのか。
あんなに、あんなに細くて冷たい腕を俺は一瞬でも掴んだのに、どうして離してしまったんだろう。
「志貴、お前どこ住んでんの?」
「岩場の近くの家。海がすぐそばにあって・・・」
「あぁ!お前あそこに住んでんのか?いいよなぁ・・金持ちは。」
「・・・あぁ・・。」
どうして、俺はあの時離してしまったんだろう。
幻なら、幻なりにもっと会話したかったな・・・。
そんなことを考えながら、俺は窓の外の海を眺めた。
もしまた会えたら、今度はしっかりと名前を聞こう。
「あ、そうそう。人魚と言えば、あそこの空いてる席あるだろ?あそこな、篠崎リンって奴の席なんだけど・・あいつ、実は人魚なんじゃないかって噂が流れてんだよ。」
「は・・?」
「だって、あいつたまに変なこと言ってたんだ。’’人間なんて好きじゃない’’とか。」
その瞬間、俺はあいつが思いついた。
「そいつの家、わかるか!?」
「あっ・・あぁ。」
どうしよう・・このことは、絶対にディティには言えない。
私は海の中でずっと考え込んでいた。
昨日のこと。ディティに言うべきか言わないべきか。
’’リン?どうしたの?’’
「ディッ・・ディティ、あのね・・あの岩場の家に、やっぱり人間が引越していた・・よ。」
’’そっか。あーあ、やだなぁ・・’’
「そうね・・。」
どうしよう、実はその人間に正体がバレたなんて。口が裂けても言えない。
’’リン・・でも、今は人間がどうとか言ってる場合じゃないよ。リンの刺青、ますます濃くなってる。’’
私の腕や首にある刺青、これは海の魔女にかけられた呪い。
この刺青がいつしか心臓にまで達して、私は死んでしまう。
その呪いを解くためには、純粋な人間の血を飲まなければならない。
そんなの、まっぴらごめんだ。
「ディティ、私は自分でこの呪いの解き方を考える。人間の血を飲むなんて、人魚の血が薄れる。」
’’・・・でも。’’
「でもじゃない。私は、人間なんか大っ嫌いだ。」
そもそも人間に純粋な奴なんかいるわけない。人間はみな、貪欲で腐れきっている。
「そう・・絶対に人間なんかに・・・」
人間なんかに、私は・・・。
「ディティ、私・・やっぱりそろそろ時間みたいだよ。」
そう言って私は、人間の私の家に向かった。
’’リン・・・。僕が気ずいてないとでも・・思っているのかな・・。’’
そんなティティの声も届かなくなるくらい、全速力で。
ピンポーン・・ピンポーン・・
もう30回目になるチャイムを鳴らし終えた後、俺は深くため息をついた。
「いないのか・・・?」
俺が、諦めて帰ろうとした時だった。
パシャン・・と、水の中から何かが出てくる音がした。
「・・?」
俺はドアノブに手をかける。ゆっくりとまわすと、鍵はかかっていなかった。
「篠崎、入るぞー?」
返事は無く、ただ静かな家だった。
廊下を進んでいくとそこには、幻かどうか分からないが女の人がいた。
ベランダで、海をじっと眺めている。
でもその人に足は無く、代わりに生えていたのはまるで魚のような・・。
「人魚・・?」
思わずそばにあった段ボールに引っかかって物音を立てると、すぐにその人はこちらを向いた。
でも、そこにあった姿は。
「人・・?」
「・・。」
そいつは、黙って俺を睨みつけていた。
「・・・。」
それが、俺と篠崎リンとの出会いだった。
そしてこれが、俺と人魚の出会いでもあった。