第十七話 傷つけ合う中で
「あたしと一緒に行こう。」
海の魔女は私に向かってこう言った。
「何ふざけたこと言ってんの!?どーして私があんたなんかとっ・・」
「リン。人間は、あたし達人魚を殺していたのよ。」
魔女は、恐ろしい顔をして私を睨んでいた。いや、私じゃない。
私の後ろにある街を睨んでいる。
泄達の暮らしている街。人間達の生きる場所。
「陸も海も・・全部壊してやる・・。ランを助けなかったアトランティスに、ランを殺した人間にあたしは復讐してやる!もうこの時を何百年も待っていたっ。」
魔女はきっと、誰にも止められないのかもしれない。そう思った。
さっき私がこいつを殺してやると思ったときみたいに、魔女は怨んでいる。
陸も、海も。そして自分自身も。
「アトランティスは確かに私も魔女も見捨てた。」
「そうよっ!だから復讐!何が悪いの!?」
違うっ。正気に戻った私にはわかる。
きっと陸も海も壊した後、一番傷つくのは自分自身だ。
「もう引き下がれないっ。ここまできたのよ、やっと!全部ランのために!」
違う。
「あたしが、ランの望みを叶えてあげるの!」
違うんだ。
「あたしがっ・・・」
「そんなことをして、ランって人は本当に喜ぶの!?陸も海も壊して、独ぼっちになって。それでランって人の望みは本当に叶ったの!?」
確かに私は泄も奪われた、母様達も奪われた、ひぐらしも奪われた。
「じゃぁ、どうすればいいのよ!人魚達の生気も奪って、人間の生気も奪って、それであたしにどうしろってのよ!あたしは、この日のために今まで生きてきたのにっ・・!!」
魔女の心はすでにずたずただった。
「あたしは、魔神が言った通りに生気も奪った!全部思い通りに行くだった。」
「―!?」
魔女は、今まで堪えてきた気持ちを全て吐き出すように叫んだ。
「全部壊れてしまえばいいのに!!!」
叫び声に連なって、大波が街を襲う。海の近くにある私の家が波に飲み込まれる。
「あっはははははっはははは!!」
狂ったように笑う魔女。
そう、全てはランのために。
俺は、女にキスをされてからしばらく。夢をみていた。
「ごめんね、泄。私にかかわったせいで・・・」
夢の中で、リンは泣いていた。
俺は何もできることはなくて、ただ闇の中に放り込まれているだけ。
「リン!」
俺は、叫んだつもりだった。思いっきり。
「ごめん・・泄。」
でもリンは、闇の中にすぅっと消えていった。俺は追いかけたくても、体が言うことをきかない。
どうして、俺のために泣く。どうして、俺なんかよりもっと辛い思いをしてきたリンが泣く。
俺は、どうなったっていい。だから、リンが幸せになってくれ。
その時だった。
不意に、光が見えた。とても小さく、消えそうな光。
闇の中にぼうっと小さく浮かぶ光に向かって、俺は走った。
「リン!!」
ありったけの声で、叫んで。
そして、光を捕まえた。
「リン・・・。」
声がした。それは、今まで何度も聞いていた私の大切な物の声。
「リン。」
しっかりと、私を呼んでいる。
信じていいの?この声を。裏切ることはないの?
「リン、俺だ。」
堪えられない、温かい感情が瞳から溢れ出る。
「泄!!」
砂浜で横たわっている泄。肌にも血の気が戻り、いつもの泄だった。
でもこれが、泄の覚醒。
そして、これが新しい気持ちの始まり。