第十五話 敵が味方で味方が敵
泄が、砂浜に倒れた。私は、ただ見ているしかできなかった。
「・・あっははは!やった!やったよ。ついにあたしの力が戻ってきた!」
倒れた泄の隣で笑う、女。
「あーぁ。残念だったねぇ・・リン。大切なもの、奪っちゃった。」
笑う、女。海は異常なほどに静かで、気味が悪いくらいだ。
「・・・泄・・?」
状況が飲み込めない。どうして泄は倒れているの?どうしてそんなに真っ白な肌をしているの?あの小麦色の肌はどこに行ってしまったの?
「リン・・あなたわかってる?あたしが、また奪ったの。」
笑う女は姿を変えた。月が雲に隠れる。
「あんたは・・・」
月が雲からゆっくりと姿を現す。それに連なって、女の正体がはっきりする。
「忘れちゃったの?あたしよ、リン。」
・・・・海の、魔女。
「リン、でもありがとう。あなたがいなかったら、きっとこの少年は何も知らずに生きていたはずだったわ。人魚の存在も、あなたの存在も。あたしの存在も!」
魔女は、杖を高く上げた。瞬間、今まで静かだった波が揺れ始める。
「もう生気は必要ない・・。ふふふふ・・・あたし、完全に復活しちゃったわ!」
魔女は不気味なほどの笑みを浮かべて、私を見る。
また、奪われた・・・
私の、大切なもの。また一つ、こいつに奪われた。
「魔女・・・」
瞬間、リンが覚醒する。
「許さない。」
風が強く吹く、止められない。もうこの気持ち。
壊したい。壊して壊して、粉々にして、消してやりたい。
「魔女・・・。」
もう、止められない。
魔女が造り出した波は、もうすでにこの街に向かってゆっくりと進んでいる。
私は無表情のまま、ただ立っていた。砂浜に、ゆらりと。
今まで涙で滲んで瞑っていた瞳を、ゆっくりと開ける。
「泄・・。絶対に、取り返す。」
瞳は、人魚の瞳。真っ赤で、憎しみの光がやどっている。
私の全てを懸けて、泄を、そして失ったみんなを取り戻す。
「ふふふ・・・。私を殺したって、ひぐらし達に生気は戻らないわ。無駄よ・・。」
「うるさい。」
「あっはははは!馬鹿ねリン!あたしは完全に復活した。あの日、アトランティスに力を封じ込まれてから、ずっとこの日が来るのを待ってたの!これで陸も海も、全部あたしのものだわ!」
魔女は狂ったように笑い、杖をより高く掲げる。
杖は今までにないくらい強く光り、魔女を包み込む。
「私は、あの日から・・・ずっと、ずっと待っていた。母様達が蘇るのを・・。でも、もういい。私はもうそれ以上に許せない。お前が、私から泄を奪ったこと・・これだけはっ、絶対に!!」
砂浜の、白い砂が舞い上がる。舞い上がった砂は、そのまま龍の姿になり、魔女に向かって突進する。
「だから、あたしはもう無敵なんだってば・・・」
魔女は笑って、杖を突き出す。すると砂の龍は、跡形もなく消えていく。
「リン・・。あなたも結局、あたしと同じよ。」
「は?私はお前とは違う!」
「あたしも、大切なものを奪われた・・。だから、奪い返す。命がけで。」
それは、一瞬の出来事だった。
魔女が、愛おしそうな目で遠くを眺めたのだ。悲しそうに海を見る。
「何を言って・・・」
「あたしはっ、人間に奪われた!あたしの大切な人をっ!だからあたしは復讐するの。それって、今のリンとまったく同じことじゃない?どうして、どうしてリンは許されてあたしは許されないの?あたしは、今も一人で待ってるだけ!?それっておかしいじゃない!!」
魔女は、一気に喋って少し息が上がっていた。
どうして、魔女はこんなことを・・。
「だから・・・だから私から泄を奪ったの!?」
「そうよ・・幸せなんて幻なの。全部ね・・」
魔女はまた「ふふふ・・」と笑った。
「だから壊す。海も陸も。彼を助けなかったアトランティスを怨む。」
真剣な目で、魔女は街を見る。
―幸せは、幻。
魔女の言葉が私の中で繰り返される。幸せなんて、幻。
現実はすべて残酷で、無力。
「ねぇリン。あなたも、人なんて嫌いでしょ?人は、あたし達の敵なのよ?泄だって、いつあなたの正体をばらすかわからないのよ?」
魔女は、私に向かって手を差し伸べた。
「何のつもり」
私は、憎しみの瞳で魔女を見た。
「あたしと一緒に行こう。」
魔女は、真剣な目で私を見た。