第十四話 大切な物が、消えていく
声がした。
深い海の底で、声がした。
「だれ・・?」
そう聞いても、声の正体はうわずった声で私に言う。
「魔女の襲来の、生き残りなのかっ!?」
私は、意を決して振り向いた。
「・・・誰。」
そこにいたのは、見たこともない男の人魚。
「俺は・・ずっと捜してたんだっ・・この街で、魔女の『百年入墨』の呪いをうけただけで生き延びた奴がいるって・・!俺は、ずっとお前のことを捜してたんだ!」
腕の入墨を押さえて私は言う。
「私は、別に助けてほしいわけじゃない・・・。」
「いつまでこの街にいるつもりだ。このままここに住んでいたら、陸にも迷惑をかけるかもしれないんだぞ?俺達の存在が、陸の生き物を殺すことになるかもしれないんだぞ。」
こいつは、一体なにが目的なの。私を説教するためにここに来たの?
「俺達の街に来い。あそこには魔女は近づけない。アトランティスが守っててくれる。だから、俺達の街に来いよ。ここにいたって、自分が苦しいだけだろ?」
私は、反発するわけでもなくただ男の言葉を聞いていた。
何を偉そうなことをかましてくれるんだこの野郎は。
自分が苦しいだけ?ふざけんなよ。あの街には、私みたいな人だって何人もいる。
泄だって南だって、傷ついてる。苦しんでる。悩んでる。
私だけ?それはお前が思っているだけだろう。陸に、行ったこともないくせに。
「せっかくだけど、私はこの海に残る。」
入墨のある腕を堂々と見せて、私は言った。
「私達は、アトランティスに一度見捨てられたことがある。だからもう、いいんだ。」
私達。そう私達はあの日、誰にも助けてもらえなかった。母様も、ひぐらしも。
だからもう。他人には頼ってはいけない。これは、私と魔女の問題だし。
それに。
「魔女は私が欲しいわけじゃない。」
そう。魔女が欲しがってるのは、泄。
「じゃぁ・・誰なんだよ。」
男は、私を憎むような目で言った。
「あなたには、関係ないことでしょ。それに、ここは私の居場所なの。部外者は、出てけってのが本音。」
「お前、まさか人間が好きなのか?」
男は、恐る恐る私に聞いた。
「私は人魚。この海の生き物。」
それを聞いて、男は安心したようだ。太古の昔、私達人魚の祖先は何年間にわたって人間に人魚狩りをされたことがある。それ以来、一部の人魚は人間を恨むようになった。
「でも。海も陸も、生き物がいることに変わりはない。」
私は、男から目をそらした。
「早く、この海から出てって。私は、どうやらあんたとは気が合わないようね。」
そう言い残して、私は上に向かって泳いだ。
太陽のある陸へ。私の居場所でもある陸へ。そして、泄達のいる陸へ。
―ザッバァァアン・・・!!
俺は、砂浜に来ていた。波が強く打ち付ける砂浜に。
ここにいれば、きっとリンは戻ってくる。
「はぁ・・・俺って頼りねぇよなぁ・・・。」
「それは、自分で決めることじゃないよ。」
「え。」
隣で聞こえるのは、見知らぬ女の声。
「あの、こんな時間に・・・」
「私ね。ここ、大好きなんだ。何か、特別なものに逢える気がして。」
女は自分のことをペラペラと喋りだす。いつの間にか、俺の隣に座っている。
「あの・・」
「ね。この街に人魚がいるって、信じてる?」
女は俺の話しなんか一切聞かずに、ぺらぺらとよく喋る。
「俺はな。」
信じてるっていうか、俺の友達が人魚だしな。
「本当に!?よかったぁ。私、今までこんなこと信じてもらえなくって変な子って言われてたんだ。」
膝に顔をうずくませ、女は黙り込んだ。
(ってゆーか、何で俺こんな女と話してるんだろ・・。)
「・・てもいい?」
「えっ、何・・」
よく聞こえない。そう言おうとした時だった。
「・・!!!!」
女は、何の迷いもなく俺の頬にそっと触れた。
「え」
「クス・・・泄くんいただきまーす・・」
そう聞こえた気がした。
そして女は、俺にキスをした。
―ザバァァァン!
私は、海面に向かって思いっきりジャンプした。
でも、そこで見たものは。
「・・・!?」
もう一度、海の中に落ちる。そして今見た光景を思い出す。
あれは、泄?
浅瀬まで泳ぎ、そこで人間に化ける。でも、やっぱりさっきの光景と変わらない。
「泄・・・?」
リンの声がしたと思った。
でも俺は、なんだかとても変な気分になった。
力が入らない。
「クス・・・ごちそーさま・・・。」
女はそう言って、俺のことを解放した。
そして俺は、意識がなくなっていった。そのまま砂浜に倒れ込む。
「泄!!!!」
リンの悲鳴に近い声が上がる。でも俺は、それに答えてやることもできない。
「リン・・・」
やっとでた声も、波の音に消されていく。
俺、一体どーしちまったんだろう。