第十二話 仲間、消えないで
「今度、陸で新しくできた映画館があるから3人で一緒に行こうぜ!」
と、南が言い出したのは先日のこと。
「リン、おっせぇよ!」
と、泄に怒られているのは今日のこと。
「初めてこんな人の多いところ来たから、ちょっとびびっちゃって。」
「マジで!?じゃぁ今日は俺等にぴったりくっついとけよ。映画館はもっとすごいから。」
「う、うん。」
私は初めて人間と一緒に遊ぶことになった。しかもいきなり映画館って。
「初めて制服以外の服着たかも・・・」
「ま、まぁ。いいんじゃねぇの?似合ってるし・・・」
泄は照れたようにそっぽを向きながら言ってくれた。私ももじもじと下をむく。
「はいストーップ!お前等俺の存在忘れんなよ!」
南が私と泄の間に入ってくる。これは、私は素直に助かったと思った。
「わりぃ南・・。うし!じゃぁ映画館まで時間無いから急ぐぞ!」
泄も気を取り直して言う。そうだ・・。
私も、今日だけは全力で楽しもうと決めてきた。
あの悪夢のことも、海の魔女のことも、ひぐらしのことも全部忘れて。今日は、ただ一人の女の子として楽しもうって。だって、この二人の前で悲しい顔してたら怒られそうだしねっ!
「・・二人とも!」
立ち止まって、二人に呼びかける。
「今日は、ありがとう。」
私はわかっていた。南がなんのために今日遊ぼうとしたのか。
「・・笑ってろよ。」
私の、ためだよね?
「うんっ。」
泄と南の腕を掴んで歩き出す。
「えっ」
「をぉー。積極的。」
二人とも、ありがとう。
私、笑ってられる気がするよ。
―その後
「ぅ・・うっ・・ぅわぁあんっ・・あれはっ、あれは卑怯だよっ・・なんであそこでニキータとゴンザレスが死んじゃうんだよっ!」
私は、映画を初めて見て号泣していた。
「あっ・・あれは確かに心にくるぜっ・・」
「うっ・・うぇっ・・ぅおおぉおっ・・」
南はもう顔も涙でぐっちょぐちょだった。しかも鼻水まで出すもんだから泄にこてんぱんに怒られてた。
「俺、こいつの顔なんとかしてくるっ。そこで待ってろ!」
と、泄に連れられてトイレに向かった。
「うん。」
私も自分の涙を拭いて、柱にもたれかかって二人を待った。
(人を待つとか、待たれるとか。そういうの少し苦手なんだよね・・・)
腕時計に目をやると、もう午後の3時だった。
「ふー・・さすがに、疲れたな・・」
「あれー?お嬢ちゃん一人?」
私が下を向いて休んでいる時だった。どこからともなく、声がした。
「・・・。」
顔を上げると、見たこともない男の人が一人いた。
「一人なら、俺と一緒に楽しいとこ行こうぜっ!」
と、男が私の腕を無理矢理掴む。
(―痛いっ)
「ちょっ・・放してください。」
「えー?つれないなぁ。いいじゃんちょっとぐらい。」
私は男に、無理矢理腕を引っ張られた。
「嫌ですっ・・放してくださいっ!」
腕を振り払おうとしても、その男は強く私の腕を掴む。
「―!!・・いい加減にっ」
私がもう片方の手を上げた時だった。
「おい。嫌がってんじゃんか。」
南でも、泄でもない声だった。
「はぁ?お前誰だよっ」
「こいつの彼氏。わかったらさっさと行ってくんない。」
―・・・。助けて、くれた?
「ちっ」と、男は舌打ちをして去って行った。私は、まだ呆然としている。
「平気?」
助けてくれた男の人が、私を見る。
「あ・・はい。私は全然平気です。ありがとうございました。」
お礼を言って、私はその人を真っ正面から見た。
その瞳は、どこかで見たことがあった。
「ひぐらし・・・?」
「え?」
私は自分で言った言葉を疑った。どうして、ひぐらしなわけないのに・・。
「ひぐらしって・・・まさか君、ひぐらし知ってるの!?」
「え?」
その人が言っている意味がよくわからない。一体、何を言おうとしてるの?
「俺、実は―・・・」
―う・・そ。でしょ?
「あっ、篠崎ー!悪い待たせたなっ!」
南と泄が小走りにやってくる。でも、私はそんなこと全然気づかなかった。
だって
「篠崎?どしたんだ?」
「ひぐらしが・・いたっ・・。」
「は?」
泄にも南にもひぐらしの話しはしていなかっただろうけど、私には衝撃的な話しだった。
’’俺、実は心の中にもう一人の俺がいるんだ。そいつは、人間じゃなくて・・こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど、人魚なんだよっ!このこと、人に話すと笑われると思って黙ってたけど・・’’
(嘘・・・。)
そう思いたい。どうしてだろう。ひぐらしが死んでしまったという事実から、私は逃げたかった。
でも。もしあの人の心の中で生きているなら、私は逢いたい。逢って、ひぐらしに間違いを償わせたい。このままじゃひぐらしの魂は永遠にあの人の心の中に居座る。
私が、全部終わらせる。終わらせよう。
「篠崎?どうした?」
「ううん。なんでもないよ。次、どこ行くの?」
でも、このことは決して二人には言わないでおこう。これ以上、ただの人間であるあの人達を巻き込むわけにはいかない。海がおかしい。海が危険な世界になっている。
「じゃぁ・・篠崎の好きなところでいい。」
「私の・・?」
「あぁ。あるか?どこでもいいぞ!」
私の好きなところ・・・。
’’リン。’’
ただそうやって笑って、私を呼んでくれる人の腕の中。
「陸は・・いつの間にか変わっちゃったから。よくわからないんだ。」
私はそう言って苦笑する。
「そうか・・。」
「いいよ、別に。私は・・側にいてくれる人がいればいいから。」
思わず、本心をつぶやいた。
「そうか。じゃぁ、とりあえず海行くぞ!引き潮の時間だけ出るって言われてる洞窟があるんだって!」
「マジで!?今丁度引き潮じゃんか。」
「行こうぜ!」
その洞窟、私知ってる。
「いいか?行っても。」
「いいよ。」
私も、久しぶりに行きたいと思った。その洞窟は、私とひぐらしの思い出の場所だから。
「じゃぁ、行こっ!」
私から二人の腕を引っ張って、あの場所に行く。なんか、あそこに行ったらすっきりしそうだったから。このモヤモヤした気持ち。うさんくさいこの気持ち。早く捨てたい。
早く、早く。