第十一話 仲間
私はその日、とても嫌な夢を見た。
「リン、ごめん。俺は、海の魔女の仲間なんだ。だから、お前と一緒にいることはできない。」
そう言うのは、私の好きだったひぐらし。
「そんなの嘘でしょう!?魔女の呪いか何かにかかっているんでしょう!?」
そう思いたかった。本当にひぐらしが魔女の仲間だったなんて、信じたくなかった。
「違うよ、リン。俺は、俺の意志で魔女の仲間になったんだ。街の場所を魔女に教えたのも、お前の母さんの場所を教えたのも、全部俺なんだ。」
「違う!きっとなにか理由が・・」
「俺は、敵だよ。」
そう言って、ひぐらしの姿が消えていく。私はそれを追いかけた。どこまでもどこまでも。
手が届かない。あと一歩なのに。その一歩が踏み出せない。
「ひぐらしっ!!」
そう叫んでも、ひぐらしは止まらない。ただ進んでいく、闇に向かって。
「待って!私はひぐらしと生きたいっ・・あなたに生気を分けてあげれる。だから戻ってきて!」
すると、ひぐらしは止まった。そして、ゆっくりと振り向いた。
「それは、俺の生気を奪ってか・・?」
でも、振り向いた時に見た顔は、まぎれもなく泄だった。
「ちがっ・・・」
「お前はそうやって人を傷つける。」
「そして人から奪ってくる。」
ひぐらしと泄。二人が私の前に現れて、私を見ている。それは、冷めた目で。
「お前のやっていることは」
「海の魔女と同じだ。」
―・・・!!!!
心の中で、何かがはじけとんだ。
違う、私のしようとしてることは救出。魔女と同じことじゃない。
「お前は誰かを傷つける。」
「それは、お前がいるだけで。」
私がいるだけで、誰かが傷つく・・?
「お前がいる限り、酬われない奴がいる」
「そいつは一生苦しむ。」
私がいるから、一生苦しむ・・・?
「お前は、邪魔だ。」
泄とひぐらし、両方に言われた。
その瞬間目が覚めて、私は肩で息をしていることに気ずいた。
「ぅ・・・!」
そして私が、泣いていることに気づいた。
その後私は泣き続けた。止まらない。涙が止まらない。どうして?
’’お前は、人を傷つける。’’
’’そして人から奪ってくる。’’
二人の言葉が、思い出される。
「違うっ・・」
’’お前のやろうとしてることは、海の魔女と同じだ。’’
「違うっ!」
’’お前は、邪魔だ。’’
「ヤダっ・・・」
私は耳を押さえ、自分で自分を抱きしめた。強く。強く強く。
その時だった。
「篠崎ー?学校行くぞー」
玄関から聞こえる声。それは、泄のものだった。
「篠崎〜?今日もさぼるきかぁ?いい加減に学校来いよー!」
この声は、南のだろう。
嫌だ。会いたくない。どうして?怖いからに決まっている。
「篠崎ー?」
二人は気づかない。こうしてじっとしていれば、きっとすぐに帰る。
でも、扉がカチャッと開く音がした。
(しまっ・・鍵かけるの忘れた)
長いこと人魚生活をしているもんだから、鍵をかけるという習慣をすっかり忘れていた。
「入るぞー。」
どうして入ってくるの。
「篠崎・・・?」
どさっと、何かが落ちる音がする。きっと鞄だろう。
「お前っ・・その足っ・・」
「ぇ・・」
初めて顔を上げる。そして自分の姿をもう一度まじまじと見る。
それは、決して人間の姿ではない。
真っ赤な瞳。体中に張り巡らされた入墨。そして真っ赤な尾びれ。
「お前、人魚だったのか―!?」
南が驚いてその場で硬直する。
「リン、早く海にっ」
「いい。」
私は、近づいてきた泄に敵視した。初めてだった。こんな気持ち。
「南、このことは黙ってたほうが命のためよ。いい。誰かに告げ口してみなさい。死ぬわよ。」
「あっ・・。あぁ。」
それにしても、どうしてこんなに頭がくらくらするの。いつもなら簡単に立ち歩けるのに、今日に限って。
「リン、顔色悪いぞ。海に戻ったほうが・・」
「平気。立ち眩みがしただけ・・。」
壁に半分体を預けるようにして立ち上がり、私はもう一度二人を見た。
’’お前は人を傷つける。’’
「・・・。」
’’そしてお前は人から奪う。’’
「篠崎、平気なのかよ・・陸にいて・・」
’’お前のしようとしてることは、海の魔女と同じことだ。’’
「ぅるさい!!」
思わず怒鳴った。南に対してじゃない。頭の中に聞こえる、夢の声に対してだ。
「リン。俺達はお前を心配してんだぞ?その態度はねぇと思うけど。」
「・・・今。・・人と関わりたくないの・・」
壁に寄りかかり、やっと歩けるぐらいの体力しかない。まさか、呪いがここまでひどいなんて。
腕を見ると、入墨は不気味に光っていた。あの日、呪いを受けた時みたいに。
「・・・海に帰る。学校には病気で休んだと・・言っておいてくれ。」
泄達に背を向け、私はベランダまでよたよたしながら歩いていった。
でも。
「おい。それってまるで、私を止めてって言ってるようなものなんだけど。」
少し怖い顔で、泄は言った。
「は?」
「俺達がお前のこと放っておくと思ったか?お前の正体・・たった今知ったけど。バラすつもりもねぇし、それを自慢しようとも思わねぇ。」
南が険しい顔つきで私を見る。
「だから、前にも言ったと思うけど・・ちったぁ俺達を頼れ!」
そう言って、泄も南も笑う。
「・・・馬鹿だね、二人とも。私といると、いろいろと命を狙われるよ?危険だよ?ついでに年中びっしょびしょかもしれないよ?」
そこで、南が吹き出す。
「平気平気!だってこの街は、’’人魚の住む街’’だぜ?」
「そうそう。俺ももう慣れたし。だから、リン。笑え、お前。」
「えっ・・・私ってそんなに無愛想?」
人魚のまま、私は二人を見つめた。
「かなり。」
「確かに。」
二人とも、同じような反応だった。
「・・努力はするよ。」
頭をぽりぽりとかきながら苦笑した。
「じゃぁ、今日は3人でさぼりますか!海行こう海!やっぱあそこが一番落ち着く!」
南が張り切って私と泄の腕を掴む。
「おっし決まり!」
そう言って、私達も引きずられるように海にいった。