第一話 人魚の住む街
「泄?泄、そろそろ起きなさい。」
と、車の中で爆睡しているところをおふくろに起こされる俺。
俺の名前は志貴泄。大都会の東京から、この’’人魚の住む街’’と言われているところに
引越すはめになった高校2年生。男子。
「泄、家に着いたら荷物自分の部屋に運んでおいてね?」
「あぁ・・。」
何かに興味があるわけでもなく、ただぼーっと本を読んでいることが好きな男である。
「泄、新しい学校でかわいい子いるといいなぁ!」
親父がまた馬鹿なことを言う。おふくろがここで空かさず親父を睨みつける。
「あなたは運転に集中してね。」
「はい・・。」
親父はいつもこんなことで怒られている気がする。
そんなことを思っているのは、俺だけだろうか。
「でも泄、新しい家が海のすぐそばって結構いいんじゃない?暇があったら泳げるし。」
「そうだなぁ。今度家が片付いたら泳ぎにいくか!」
「二人とも泳げないだろ。」
―!!
俺の両親は究極の運動オンチで、100メートルを走らせてみたら過呼吸になって帰ってくる。
だが俺は、奇跡的にその血を受け継がずに運動はまあまあ好きなほうだ。
だから俺は、小さい頃から絶対に親父と一緒に運動には行かなかった。
「海、見えてきたわよ。」
おふくろが窓の外を見ながらニコニコした顔で言う。
「綺麗だなぁ・・これだったら本当に人魚が住んでるかもな。」
親父がまたニヤニヤしながら言う。何を良い歳の大人が変な妄想してんだよと内心で突っ込む。
「あなた。」
そしておふくろが親父を睨む。
「すみません・・。」
そんな感じで、俺達は(ある意味で)期待を胸に膨らませながら新しい家に向かった。
ザァー・・ン・・
波が岩を打ち付けている。私はその様子を海面から顔を出して見ていた。
’’リン、今見たことの無い車がこの町に入ってきた。’’
「そう・・来たの。」
’’どうする?’’
「放っておきましょう。ゴミでも捨てたら、津波の一つや二つ起こしてやればいいわ。」
私は、この海の最後の人魚『リン』
そばにいるのは、ウミガメのディティ。私が生まれてから100何年、ずっと一緒にいる。
この海に生まれてから、私は魚達と一緒に暮らしてきた。
そのため、死んでいる人間はよく海の底で見るが、生きている人間は近くで見たことが無い。
「ディティ、その車・・どこに向かってたの?」
’’岩場の近くの家だけど・・行くの?’’
「一応ね・・。」
そう言って、私は海の中に潜った。
少し遅れて、ディティがやってきた。
’’絶対に見つからないようにね。’’
「わかってるわよ。」
そもそもこの街が’’人魚の住む街’’って呼ばれてるのも、私の姿をたまたま見た人間がいたからだ。
そのせいで、私の海に何人もの人間が調査にやって来た。
「ディティ、ここからは潮の流れが速いから、私だけが行くわね。」
’’気をつけてね?’’
ディティの親は人間に捕まってしまった。だから、本当はディティは人間が怖いはずだ。
だから私をよく心配する。
「すぐ戻ってくるから。」
そう言って、さらに奥に進む。
すると、すぐそこに岩場はあった。
ゆっくりと、辺りの様子を確認しながら海面から顔を出すと
そこには見たことの無い小さなベランダがあった。
辺りの様子を見る。そして、彼は私の存在に気づいた。
「君・・人間・・?」
「・・!!!」
ベランダから、身を乗り出すようにして私を見ている男。
私は急いで海に潜った。
でも。
バシャーンッ!と、派手な水しぶきをあげて男は海の中に飛び込んだ。
「なにをっ・・・!」
男は、固まっている私をじろりと見る。
「ぶばばぁば!!」
水中で理解不明な言葉を叫んでいる男。私はその様子を呆れた目で見ていた。
「!!」
すると、いきなり私の腕を掴んでそのまま海面にあがった。
「おまっ・・人魚なのか!?」
「・・。」
私は、黙ったままだった。
なるべく目を合わせないように顔を背け、私の腕を掴んでいる手も振りほどいた。
「おいっ・・ちょっ・・待てよ!」
そしてそのまま海の中に潜り、全速力で泳いで逃げた。
初めて触れた人間の手は、とても温かかった。
そして温かいだけででなく、すごい力で海面まで引き寄せられて、本当は少し怖かった。
人間とは、とても不思議な生き物ね・・と、私は改めて思った。