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3.裏工作

 追放ハーレムパーティーに潜入して早一か月。


 すぐにお菓子だの服だのと緩い財布の紐を引き締め、もげ男に毎晩薬を盛って緩い下半身を引き締め、子供でも分かるぼったくりに嬉々として引っ掛かりにいく仲間(仮)の服を掴んで首を引き締め。

 

 色々緩すぎ、このパーティー。

 しかも、無自覚に他人を地獄に落とすような巻き込み方をするから性質が悪すぎる。

 

 帝国へ向かう道すがら、火山近くの村へ魔物退治に行った時のこと。

 少し離れた街は温泉で発展して豊かなのに、この村はただ農作物を育てるだけの貧しい村だと村長の娘(おっとり可愛い系)の不満に応えたもげ男が温泉を掘り当て、村の人たちは大喜び。

 普通は変化を嫌う、特にお年寄りから苦情が出る筈なのに、本当に全員喜んでた。鬱憤の溜まり具合がよく分かる。「これで村が豊かになる。先祖代々の悲願を叶えてくれてた恩は忘れない」と感謝された。

 

 叶うと良いねー、その夢物語。

 温泉があれば呼び込んだ分の努力が実るように観光客が訪れ、その客たちは村人の価値観に沿った言動で一切トラブルを起こさず、全ての人たちが村の発展を願い、商売に便乗したい輩全てが村にとって善であり利益をもたらして一層繁栄。

 子供向けの本にすれば売れそう。


 ところで、隣の家が井戸を掘ったら自分の家の井戸が枯れたって話、この村の人たちは知ってるかなー?

 十分な観光資源になりえる程の温泉――大量の水は、何処から来たんだろうと思える量だった。勿論、未使用の水脈だった可能性は十分にある。この村が上流に位置するとはいえ、街までは十分に距離がある。

 ただ、少し離れた栄えている街には、温泉で美味しい蜜を吸っている人たちが、それはもう人々から尊敬されるお貴族様から、忌み嫌われる暴力が得意な非合法組織まで、色々といるというだけで。

 こっちの話は、他人の不幸は蜜の味な薄汚い大人たちに売れそう。


 でも大丈夫、ちゃんとフォローは入れるので。帝国の都合に良いように。帝国の。

 汚い、帝国って本当に汚い。



「以上の通り、私の任務はこのパーティーの後始末です。

 ご理解いただけたでしょうか、タラリュア国の使者殿」


 子供は夢の世界の時間なんで、いい加減帰って良い?






 買い出し係として物資の調達中、店員からこっそり渡された紙には『仲間に帝国のスパイであることをバラされたくなければ、指示に従え』と。大人しく指定されたスラム街の廃屋へ一人で深夜に訪れてみれば、タラリュア国の使者を名乗る中年男性が居た。

 仕事しろ、護神担当。


 邪神――もといい護神の巨大タランチュラを倒したという仲間(仮)の爆弾発言を受け、すぐさま確認すると、残念ながら本当だった。

 不幸中の幸いは、全滅されていなかった事。護神様本体――巨大タランチュラは倒されていたが、子蜘蛛たちの中には生き残りがいた。それが大きくなれば、新しい護神様になるらしい。

 便利な生態で良かった、本当に良かった。あの毒草だけは厄介過ぎる。毒殺全盛期とか冗談じゃない。


 全滅は免れたとはいえ、護神を倒されたタラリュア国が黙っている筈もなく。すぐにハーレムパーティーは指名手配されたので、タラリュア国の使者が私の前に現れるのはおかしくない。とっても面倒な事に。

 本来の帝国から護神関連を任された担当たち、マジで仕事しろ。


「あぁ、よく解かったとも。貴様ら帝国は、我がタラリュア国を軽視していることがな」


「まさか! いつ、帝国が貴国を軽んじたと仰るのです?」


 即答したら、頬の真横をナイフが通り過ぎ、すぐ後ろの木製のドアに突き刺さった。無表情のまま人にナイフを投げたら駄目って、親から教わってないよ、この使者さん。

 お怒りなのは分かったから、穏便に平和的に話し合いで解決しません?


「ほぉ? 我らが国賊を追っていることを知りながら、貴様には帝国へ逃げ込ませる指示が出ている。情報提供した帝国の使者は、我々に協力すると言っておきながらだ。

 一体どういうことか、きっちり説明してくれるのだろうな?」


 味方ヅラしておきながら、こっそりお尋ね者を逃がしてたら、そりゃ怒りますよねー。

 でもさぁ。 


「タラリュア国は、帝国からの協力をお断りになられたと耳にしましたが」


 護神の危機からハーレムパーティーの詳細な戦力情報まで無償提供したんだから、いちゃもんを付けられる謂れは無い。


 タラリュア国が帝国からの協力を断った時点で、私の任務は無事に四人を――ハーレムパーティーを帝国へ連れて行く事へ変更。この街を超えれば帝国という所まで来たのに、仕事がお早いことで。

 

「ふん、やはり目的は毒草だったか。あの強欲な帝国が無償で情報提供など、可笑しいと思っていた。

 貴様ら帝国は、我々に恩を売るか、忌々しい冒涜者共を使って毒草を手に入れたいだけだろう」


 使者さん、大正解! 

 皇帝サマとしては毒草が手に入るなら、ハーレムパーティーを捕まえてタラリュア国に差し出すも良し、直接巨大タランチュラを倒させても良しとお考えのようで。


「そのような事はございません。皇帝陛下は、毒草の流出を危惧されております」


 嘘は言ってない、嘘は。

 より厳密に言うなら、『帝国以外の国に流出することを危惧している』になるだけで。

 あと、毒草だけでなく、世界一美味しい農作物も手に入れる気満々なんで。


「『帝国以外への流出を』だろう。どこまで馬鹿にすれば気が済むのだ、貴様ら帝国は」

 

 あららー、バレてた。勿論顔にはおくびにも出さず、無表情をキープ。

 でも、軽視も馬鹿にもしてないのに卑屈過ぎやしませんかね、使者さん。ただの適正評価なのに。


「あぁそういえば、仮初めのお仲間は今頃夢の中か? 自身の不在を確実に隠すために睡眠薬を盛るなど、流石非道と名高い帝国のする事は違う」


 いえいえ、子供(外見八歳)相手にその程度をドヤ顔で言う使者さんに比べれば大した事ないかと。


「仮初めの仲間にまでお気遣いいただきありがとうございます。

 しかし、使者殿の仮初めの仲間たちが寝込みを襲われるかもしれないという懸念は、杞憂にございます。帝国が誇る精鋭たちが護りについておりますので。

 使者殿のお優しいお心遣い、誠に感服致します」


 皇帝サマご所望のハーレムパーティーを、そう簡単に殺せるとでも?


「僅か六人の護衛で対処しきれば良いがな」


「重ね重ね、お気遣いいただきありがとうございます。

 護りきれなければ、命を以って責任を取るだけのことです」


 随分と自信がおありなようで。

 あのパーティーに護衛を付けた事を見越された上で何かを仕掛けてくるから、更にそれを対処する事を見越された上で何か仕掛けてくるなんて、想像に難くない。

 汚い大人たちの読み合い合戦、頑張れ。

 今日の宿泊所は誰にも迷惑を掛けない街外れの一軒家だし、思う存分どうぞ。頭も身体も使って、ボケ防止にピッタリ。子供(外見八歳)は大人しく、廃墟でお客様とお喋りを楽しむんで。


「ほぉ、仲間が護り抜くと信じるのか。

 帝国は友ですら平気で蹴落とす冷酷集団と聞いていたが、随分と信頼関係が厚いのだな」


 いや、ぶん投げてるだけ。良くいえば、役割分担。

 此処に居る私に何が出来ると? 馬鹿だ、この使者さん。タラリュア国では、信じれば何か起こせると?  

 

 それに。


「たかが子供相手に十人で隠れて取り囲んでいる国に、どうすれば負けると仰るのです?」


 言い終えると同時に、背後の木造ドアが割れる音が。間髪おかずに、右肩に後ろから衝撃が走った。視線だけ動かせば、肩から剣が生えている。

 煽り耐性、低っ! 


「流石、仲間と厚い信頼関係で結ばれているタラリュア国、素晴らしい意思疎通です。

 ところで、そろそろ本題をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 刺された瞬間も、その後も、表情を全く変えず何事もなかったかのように淡々と尋ねれば、使者が一瞬だけ唇を噛んで悔しそうにしていた。

 飲んでて良かった、痛み止め! 交渉に虚勢はとっても大事。薬が切れる前に終わらせよう。


「そうだな。さっさと死んでもらおうか!」


 使者が言い終えると同時に、潜んでいたタラリュア国の者たちが五人現れ、私を取り囲む。後方――背後のドアを隔てて潜んでいた五人は、殺気だけぶつけてくる。

 これ、本で見た事ある、やられ役の言動! 


「わたくしをわざわざ呼び出したのは、睡眠薬を盛る事を見越していたということですか」


 仮にもSランクと大量のAランクを倒したパーティー、真正面から挑んで敵うわけがない。

 世間的には卑怯とか言われそうだけど、諜報員としては「だよね!」と肯定しかない。寝込みを襲って殺そうが、生き残った方が正義。

 今までのツケを払う時が来たようで、ハーレムパーティーたちに。 


「やっと気付いたのか? 

 貴様のような子供が間諜をしている事といい、帝国も随分と落ちぶれたものだな」


 優越感に浸るのは良いけど、その帝国の子供の情報で、大事な大事な護神様が討伐された事を知ったのは良いの? 


「最期に言い遺す事はあるか?」


 やられ役だ。言動が間違いなく、やられ役だ!


「では、一つだけ。

 国の宝を害されていながら、その冒涜者に情けをかけるとは、随分と慈悲深いのですね。流石、お優しいタラリュア国は違います」


 ここで初めて表情を変えたら――心底軽蔑すれば、無言で左太ももにも剣が後ろから生えてきた。

 飲んでて良かった、血液増幅薬! 晩御飯にレバーも食べたし、抜かりはない!

 この使者さん、汚物を見る目で人を見てはいけませんって事も絶対親から習ってない。私は親が居なかったから問題無いけど。


「国の威信に傷を付けられたのです。それを、たかだか『死』程度の一瞬の痛みでお許しになられるのでしょう? これを慈悲と言わず、なんと言うのでしょうか?

 帝国では、最低でも『死』のみが救いです」


 有能であっても、生き地獄は変わらず仕舞い。使えるものは、搾りカスすら有効活用は当たり前。ゴミになって、ようやく解放される鬼畜の所業が標準仕様。

 命を以って許すタラリュア国なんて生温い。むしろ、温泉ぐらい快適な温かさ。


「噂に違わぬ冷酷非道国家だな。

 しかし、その忠犬が妙な事を言う。貴様の仕事は、あの冒涜者共を帝国へ逃がすことだろう。

 今の口ぶり、奴らに苦痛を与えたいように聞こえたが、聞き間違いか?」


「いいえ。使者殿の仰る通り、仮初めの仲間たちに苦痛を与えたいと思っております。

 ご存じでしょう? 彼らが起こした数々の騒動を。何の罪もない多くの者達が、彼らの正義ごっこで命を落としました」


 温泉を掘り起こしたのは村人たちにとっても本望だったから、これは良いとしても。

 キャルの村の領主を勝手な正義感で倒して、その後のフォローは一切なしでとんずら。後任がもっと酷い悪徳領主というのも仕方ない。いくら加害者――キャルの家族を見せしめに処刑したといえど、領民から反逆行為が起きた事実は変わりない。次の領主が取る行動は、手っ取り早く締め付けを強化するか、反逆されないように不満を解消するか。後者が出来る有能な人材を引き当てる確率って、どれくらいだろうねー? 

 より酷い悪徳領主は、ハーレムパーティーによってつくられたと言っても過言じゃない。


 巨大タランチュラ退治も、毒草の流出により暗殺や裏工作が激増し、世界的な情勢不安を招いた可能性が高かった。

 というか、既に『今のうちに盗っちゃえ!』と、子蜘蛛たちとの熾烈な毒草争奪戦が起きている。超高級品の毒草の値崩れが起きなくても、裏の世界が荒れること間違い無し。 


 その他諸々、独りよがりの正義ごっこで、どれだけの人たちが地獄に落とされたことか。もちろん、帝国が手厚くフォローしてるけど。お陰で裏工作が捗る、捗る。


「私は帝国を――国民たちがより良い暮らしを出来るようにと影で動く者でございます。彼らのような身勝手な行動を、どうして許せるでしょうか? 国が違えど、いたずらに地獄へ落とされた者達を思えば、その咎、魂に刻み込ませるのが妥当であると愚考いたします」

 

 「力を持つ者は、その影響力を自覚しなければならない」という事を誰も教えてくれなかったと言うのなら、今から身をもって理解させれば良い。

 大丈夫、どんなお馬鹿でも必ず解るから。日陰に住む者にとっては朝飯前。未来の領民を思えば当然の事。だから、その「極悪非道の帝国に思いやりなんて概念があったんだな」っていう顔は止めよう? 皇帝サマとその信者以外は、普通の感性を持った人の方が圧倒的に多いから。偏見反対。


「あぁ、一つ言い忘れておりました。

 皇帝陛下は冒険者四人の能力を高く評価し、帝国への帰属を強く望まれております。国の危機を一早く報せたというのに、万が一その恩を仇で返すような事があれば、皇帝陛下がお怒りになることは必須。その事を努々お忘れないよう申し上げます」


 言い終えると同時に、今度はお腹に後ろから剣が生えて来た。勿論、表情は一切変えない。口から血が出たのは、生理現象だからセーフ。

 動きを封じる為に合計三本の剣は抜かれていないから、流血は最小限に抑えられている。とはいえ、お腹に穴が開いたのはよろしくない。そろそろ本題に入りますか。


「帝国に恐れおののき、尻尾を巻いて逃げろと?

 我らが帝国に屈する理由など何処にもない。命乞いが無駄に終わり、残念だったな」


「命乞いなど、恥を晒すつもりはございません。

 ただ、女三人――剣士、攻撃魔術師、回復魔術師を帝国に引き渡していただきたいのです。帝国自慢の殿方を紹介し、――生き地獄に落とす為に」


「ほぉ、男は見捨てるか」


「あれの支援魔術が如何に脅威か、使者殿もご存じでしょう。

 護神様を冒涜するなど有り得ない結果を出したのは、全てあの支援魔術があってこそ。女三人など、あの男の補助がなければ凡夫に過ぎません。

 だからこそ、あの男を確実に仕留め、人の手に毒草が渡らないようにしなければなりません」

 

 この一か月間、ハーレムパーティーたちの闘い方を見てきたから分かる。


 剣士(マリベル様)攻撃魔術師(キャル)回復魔術師(リカ)は、どう大まけしても総合的にBランク、個々ではCランクといったところ。一般的にはCランクで一人前、Bランクでベテランとして扱われるので、十代後半にしては十分過ぎるほどの才女たちと言える。


 三人寄れば文殊の知恵ならぬ三人寄ればワンランクアップするのは、ひとえにマリベル様のお陰。

 元侯爵令嬢のマリベル様は、幼少時から優秀な指導者に師事していたので、教養は勿論、剣術・戦術ともに優れいている。


 一方、ただの平民であるキャルとリカには教養・戦術なんてものは無い。概念すら無い。

 なので、キャルは魔力量が多い事に物を言わせ、魔術の物量作戦で魔物を倒していた。純粋な力ってズルい。

 リカはお馬鹿な言動とは裏腹に、何となくで高度な回復魔術を使いこなす天才肌。ただし大雑把な為、余分なところにまで治して魔力を無駄遣いする。キャルのように魔力量が多いわけではないので、当然回復出来る回数は減る。


 そんなお馬鹿二人も、マリベル様に掛かれば大変身!

 キャルには、様々な種類の攻撃魔術、魔術の制御の仕方、敵に攻撃を当てる方法などを。

 リカには、魔術の精密な制御の仕方、医学の知識などを。 

 魔術の名門一家で元侯爵令嬢様がいれば、怖いものは無い!


 この総合的にはなんとかBランク三人を、ツーランクアップさせる人物が居た。それこそが、もげ男こと支援魔術師のサポト。

 一般的に支援魔術でワンランクアップさせる事は、まぁ戦術やパーティーの連携など総合的なものも含めれば可能である。

 だが、ツーランクアップは無い。どう足掻いたって夢物語。

 でも、その夢物語を実現させている化け物が現実に居る。

 ……なんで追放される前に、その実力を出さなかった? もげ男と組んでいた前のパーティー、可哀そう。


 このデタラメな支援魔術が、 ギリギリ総合Bランク三人によるSランクと大量のAランクの魔物退治を可能にした。

 なら、Sランクの者達にもげ男が支援魔術を掛ければ、一体どれだけ強くなることやら。

 どこぞの護神様の食料たる毒草だけでなく、人間では敵わない魔物を倒せば手に入る需要の高い資源なんて、世界中にそれなりにある。

 強欲な皇帝サマが、これを欲しないわけがない。だからこそ、もげ男は絶対に殺さなければならない。


「ふむ、我々は貴様を始末する正当な理由が手に入ったわけか。

 忠犬に噛みつかれるとは、皇帝もさぞかし悲しまれるだろう」


「わたくしは帝国に仕える者でございます。

 国に仇をなす者は、例え皇帝陛下であろうと喉元を噛み千切るまでです」


 心臓発作、植物人間、幻覚作用など、裏工作の万能薬たる毒草。これが好きなだけ手に入るようになれば、世界を牛耳ったも同然。徹底管理出来ている間は。

 ただでさえ敵の多い帝国が必ずくらうしっぺ返しを思えば、今止めるしかない。国家滅亡なんて生温い温情で済めば良いけど、今までしてきた事を思えば帝国民まで生き地獄に落とされてもおかしくない。


 毒殺全盛期なんて冗談じゃないと真っ当な思考回路を持つ者達が、毒草を熱望する皇帝サマを命懸けで説得した。それにも関わらず皇帝サマが自分の欲望を押し通すというのなら、帝国に仕える者たちが取る行動は一つしかない。

 私を育ててくれたのは、皇帝サマじゃなくて帝国。恩を返す相手は間違えません。


「なるほど。己にとって都合の悪い支援魔術師の男を我々に殺させることで皇帝の怒りをこちらに向け、自身は残った女三人で主人のご機嫌取りか。

 随分と都合の良い筋書きだな」


 いやいや、タラリュア国にとっても皇帝サマのご機嫌取りになるからウィンウィン。


「貴様は勘違いしていないか?」


 使者さんが堂々とした歩みでゆっくりと私に近づき、剣を首に突き付けてきた。

 心底馬鹿にした顔を向けてくるけど、この使者さん、感情豊か過ぎない?


「碌に耳掃除もしていない、その詰まった耳にもう一度聞かせてやろう。

 我らが帝国に屈する理由など何処にもない。

 我々タラリュア国が護神様を冒涜された屈辱、ただ一瞬の苦しみで許すとでも思っていたのか?」


 つまり、ハーレムパーティー全員拷問してから殺すので、帝国の手なんて不要だと。

 それで良いならこっちも良いけど。何百年も国防を護神様任せにしていた国に、絶賛領土拡大中の帝国を躱せるというのであれば。


 戦争って、武力だけじゃ成り立たないんだよねー。武器や食料、薬などは勿論、それを作ってくれる職人、売ってくれる商人が欠かせない。農業大国だから自前で賄える物も多いだろうけど、輸入に頼ってる物だって当然ある。あ、戦争になれば、国外に居る家族は肩身が狭い思いをして、最悪精神的に追い込まれるかもねー。特に、帝国の属国では。


 そんな事になれば帝国が他国から批判されるだろうけど、そうは問屋が卸さない。

 皇帝サマご指名の側室と、そのご令嬢を魔物から救い出した恩人も拷問死させたとなれば、帝国の大義名分確保に死角無し。

 確かに数々の騒動を起こしてきたパーティーであり、その被害者たちは拷問死でざまぁと思うかもしれないが、タラリュア国はそこに含まれない。 


 だって、護神様がハーレムパーティーに退治された証拠なんて、どこにも無い。

 護神様が居るのは、人の入らない山奥。当然、目撃者なんて居ない。討伐を証明出来るのは、退治した本人たちだけ。何の証拠もなく冒険者たちを処刑したとなれば、ねぇ? 他の国々はどう思うか。


 とはいえ嫌われ者の帝国。自供を根拠にタラリュア国を支持する国は少なくない筈。

 でもね、でもですよ? その拷問死された一人が世界的に有名な悲劇のヒロインだったら、国民は――平民たちはどう思うだろうねー?


 突然大勢の前で婚約破棄を告げられ、奴隷にされて国外追放。更にさらに、魔術の名門一家出身でありながら魔力が無いため家族や使用人から冷遇され続け、それでも何とか認められたいと必死に剣に打ち込んできた健気な侯爵令嬢様。

 涙無しでは語れない悲劇は、国を超えて世界中から同情を買っている。

 これに証拠なき自供だけで拷問死させた事が加われば、――誰が信じてくれるだろうねー? その自供を。世論ってとっても大事。

 この一か月間で感動物語を世界中に広げた諜報員(同僚)たち、お疲れ!


 なお件のご令嬢の祖国は、婚約者を奪った男爵令嬢に食い潰されたが、帝国の手厚い支援を経て復興している。もし側室云々をタラリュア国が問い合わせたとしても、肯定の上で非難されることはあれど歓迎さることは無い。

 そういえばこの国は鉱山大国で、腕の良い鍛冶職人が多い事で有名だよねー。


 さて、お喋りも終わりにしましょうか。


「戦は、始める前から始まると申します。

 現時点で帝国よりタラリュア国が抜きん出ているのであれば、貴国の勝利は間違いないでしょう」

 

 表情は変えず、使者さんの目だけをまっすぐ見つめる。


「最期に一つだけご忠告を申し上げます。

 冒涜者四人を一瞬の痛みで許しはしないと仰っておりましたが、今すぐ息の根を止めるべきです。裏切者は、わたくしただ一人だけでございますので」


 そんなに睨まないで、使者さん。心が揺れ動いているのは、私の所為じゃ無い。

 帝国の護りを退け、必ずハーレムパーティーを捕縛すると自信満々だったのに、どうしたことやら。やっぱり、冒涜者共の確保完了の報告が一向に入らないからかなー?


 国の威信を掛けて確実に捕まえる為に、策を練ってきたもんねー。

 妖艶なお姉サマを使い、もげ男を誘惑してパーティーを街外れの一軒家へ連れ込んだり。

 そのお姉サマが用意してくれたご馳走には香辛料をたっぷり使い、世界一の生き地獄が味わえる猛毒の苦みを消したり。

 家の中で焚かれていたお香は、ゆっくりと眠りを誘い、目が覚めた時には全身麻痺で動けなくなるものだったり。

 わざわざ、私を呼び出したのは冒涜者共に睡眠薬を盛らせる為なんて勘違いさせようとしたり。


 でも大丈夫、 策はちゃんと生きたから。こんな分かりやすい手、乗るしかない!

 悪巧みというのは、相手の策に嵌まったフリからのちゃぶ台返しが一番楽しい!……じゃなくて、精神的攻撃って大事。動揺は状況を簡単にひっくり返す。 

 一足先に街外れの一軒家にお邪魔してた諜報員(同僚)たち、お疲れ! 色々と入れ替えてくれたお陰で、とっても美味しい食事と、リラックス効果のあるお香で快適に過ごせました。


 使者さんは、変わらず首に剣を突き付けたまま、その手を動かそうとしない。

 万が一を考えたら、出来ないよねー。眉間の皺、大丈夫?


 ハーレムパーティーを守る帝国の精鋭部隊を倒し、冒涜者を生きたまま拘束。拷問する為にタラリュア国へ連行し、その道中で襲い掛かる帝国の奪還部隊を退け続ける事が出来るなら、私を殺しても問題無い。出来るのなら。

 

 まぁ、『出来ない』は無いけど。護神様を冒涜された以上、黙って指をくわえるだけなんて国として有り得ない。

 皇帝サマの望みに反し、支援魔術師の男だけでも殺したいと考えているのは私だけ。だとしたら、例え一人でも確実に冒涜者を殺すには、私の協力が必須。少なくとも、私を殺すのは『今』じゃない。


 なので、一旦休戦にして治療してくれません? 痛み止めも血液増幅薬も飲んでるし、剣は刺さったままだから出血量は少ないとはいえ、どう考えても剣が三本も刺さったままはダメでしょ。

 ハーレムパーティーの報告が入るまで、拘束してて良いから、とりあえず治そう? ね? 私を睨んでも、結果は変わらないから。


 交渉も、始まる前から始まる。

 たとえハーレムパーティーを殺そうが殺さまいが、タラリュア国が帝国の属国になる事は変わりない。今からでも間に合う最善策は、皇帝サマのご機嫌取りだけ。


 私が仲間にも知らせず一人で来て、且つ誰一人として助けに来ないのは、帝国にとって此処が人員を割くに値しないから。

 そもそも、私が帝国のスパイだという事を、どうして知る事が出来たのか。 


 さて、この使者さんは、いつから帝国の術中に嵌まっていたか気付いてるかなー?



 本当、あのパーティーは無自覚に他人を生き地獄に落とす。

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