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違和感

 そう思いながら冷たい視線を注ぐシュウの前で突っ立っている男の子は、いきなり走らされて口いっぱいに頬張っているお菓子が喉に詰まり、ゲホゲホと苦しそうに咳込みはじめる。


「ちょ、ちょっと冗談でしょ? こんな時に!」

 それでも、苦しそうに咳き込んでいる息子の背中を、一生懸命さすっているミカエラの姿を見た時、シュウは我慢の限界を超えた。


「見苦しい!!! 山猿、こいつらを斬り捨てろ!」


「兄様!?」


 思わず声を荒げてしまいハアハアと肩を震わせているシュウの手をユイナが握り、落ち着かせようと必死になっていたのだが、それでも気持ちが整理できず、

「どうした? 早くしろ! 山猿」

 と珍しく大声で叫び続ける。


 しかし、ジェシーアンはそんなシュウの言葉はまったく耳に入っていないようで、男の子に目が釘付けになっていた。

 そして、咳き込んでいるその子に向かって、まるで引き寄せられるようにフラフラと歩き出したのだ。



(ごほっ、ごほっ)

(ごほん、ごほん、ごほん!)


(ごめんね。いつも心配ばかりかけて)


 男の子が咳込んでいる。苦しそうにして……。あれ? どうしてだろう?

 前にもこんな光景に出くわしたような……。それで、その子がこちらを向いて。

 その子、私にそっくり? そして名前を呼んだ。私の?


(アン……ごめん。いつも……)



「…………アン? それって私のこと?」


 シュウは、玉座から飛び降り、すぐさま走り出した。


 あの時、ダリルモアの屋敷でジェシーアンの隣で寝ていた彼女によく似た男の子は、ちょうど今咳き込んでいる男の子と同じ年位だった。

 シュウが仮病を使って横になっている間、枕元に薬湯が置かれ、隣の部屋から乾いた咳の声が絶えず鳴り響いている。


 術師の魔術で消し去れる効果は永遠ではない。


 とくに、目で見ることのできない人の記憶は脳内の奥深くに入り込み、感情や環境とも複雑に絡み合う。

 何かが引金となり、こうして呼び起こされても不思議ではないのだ。


 背後からシュウはジェシーアンを優しく抱きしめて耳元でおまじないのように囁く。

「大丈夫。もう大丈夫だ。心配いらないから。さあ、もうお休み……何もかも忘れて……」


 そう言って、頭に唇を当てた途端に、深い眠りに落ちて力が抜けたジェシーアンをシュウが抱き止めた。


「…………よりによってこんな時に、命拾いしたな叔母上。そういえば仕事を紹介して欲しいんだったな。ちょうど今求人中の仕事があったことを思い出した。北の果てにスピガや俺たちの住んでいた小汚い屋敷がある。お前たち家族はそこで北すもも供給の任務にあたるんだ。ぴったりだろう? 北すももは甘酸っぱくて虫歯にもなりにくい。スピガ! こいつらを連れて行け!」


「ちょっと、シュウ! そんなの聞いていないわ!」


「そういえば叔母上、言い忘れるところだった。もしも北の屋敷に無事辿り着けたらという条件つきだ。北の狼はこの時期、腹を空かせて獰猛で、とくに子どもが歩いていると襲ってくるからくれぐれも注意したほうがいい」


 狂ったように泣き叫ぶミカエラをよそに、スピガと白の兵士たちは、ミカエラ家族の身柄を拘束して部屋から連行していった。



(気のせいなのだろうか? 兄様の雰囲気が以前と少し変わったような気がする。

 いつもは普段通りの兄様なのに。なんだろう、この違和感を覚える妙な感じは……)



「……兄様、ジェシーアンに何をしたの?」


 流石に抱きかかえているのが辛くなってきたシュウは、そのままズルズルと眠っているジェシーアンを引きずって、ミカエラが先程まで座っていた長椅子に寝かせた。


「おっ、重! こいつ重すぎ。何って、記憶が甦りそうだったから、また消し去っただけだ」

「いったい、いつまでそんなことを続けるの? 思い出しそうになったら消し去るって、そんなの長続きしないに決まっている。兄弟がいるのでしょう? だったら記憶を戻して、その兄弟のもとに返してあげればすむ話じゃない。私たちの宿願はまもなく達成するのよ!」


 シュウは長椅子に腰掛けて、彼女の黒い髪の毛を軽くすき、念を押すかのように唇を再び頭に当てた。


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