輝きを失った瞳
ある時、お茶がなくなりシュウが使用人を探し回っていると、玄関ホールで声がしてミカエラは、連れ込んだ男に「またね」と言って手を軽く添えて送り出しているところだった。
その言葉には愛情の欠片も無く、名残惜しそうに何度も振り返っている男とは対照的に、シュウと似たような冷たい表情を浮かべていた。
恐らく、次にまた会いたいと男が言ったところで、亡き皇帝の嫡子たちがいるからといいようにだしに使われ、二度と会うことは叶わないだろう。
シュウは幼くして、そんな言葉ばかり並べているミカエラのことを昔から「薄っぺらな女」と影で呼び蔑んでいたのである。
「それで肝心の要件は何? 叔母上」
ミカエラは急に話の腰を折られ、隣で深々と腰掛ける夫に向かい意味ありげに目配せした。
夫は話しを振られ、まともに話すどころか、下を向きそのまま黙りこくってしまう。
もお! と憤慨気味のミカエラは気を取り直して、今度は首を傾け、ねこなで声を出した。
「あのね。私の夫をあなたの傍においてやってほしいの。わかっているとは思うけど、この国では生活が成り立たなくて……。聞くところによると、あなたは事業で成功して大変なお金持ちらしいし、指輪も取り返して近々皇帝の座に就くという。亡くなったお姉様の遺言であなたたちをあそこまで育ててあげた恩を返すつもりだと思って。ねえ、いいでしょう、シュウ?」
「つまり仕事を与えろというわけか?」
「察しがいいわね。そういうこと」
僅かでもこの女の血が自分にも通っているかと思うと、憤りしか感じない。
甘ったるい耳障りな声を聴いているだけで、鳥肌が立ちそうなシュウはそれでもぐっと堪えてミカエラに尋ねた。
「それは本心? 俺たちが城に引き戻されてから牢獄に閉じ込められていたこと、すでに聞き及んでいるはずだ」
「………!!」
「恩を返すだと? ふざけるな! 叔母上は、俺たちのことずっと邪魔だったはずだ。小さな子どもがいれば、招き入れた男たちと逢瀬を重ねることも難しいからな。皇帝の座に就けないかもしれない俺を見限り、アイリックから俺たちを城に呼び戻したいと持ちかけられた時、あっさりと了承してそこにいる男の元へ嫁いだんだ。あの二人の身の安全は保障してくれるのか? と白々しく嘘をついて」
「…………っ。あの時の話を聞いていたの?」
驚きを隠せない表情をしている夫には目もくれず、過去をほじくり返されたミカエラはダダっと走って、シュウの傍で話を聞いていたユイナのことを、ぎゅう、っと力の限り抱きしめた。
「可愛い私のユイナ、あなたならわかってくれるでしょ! 女が一人で生きていくのがどれだけ大変かって。シュウにもあなたから言ってちょうだい!」
すると、ミカエラは抱きしめているユイナの異変に気付いた。
よく見るとその瞳は以前のくりくりとした大きい瞳ではなく、ずっと遠くを見ているような輝きを失った瞳をしている。
「ひっ! あなた、目をどうかしたの?」
「……可哀想に見えていないんだ、叔母上。俺たちは、城の牢獄に閉じ込められてから、ここに辿り着くまでに、数多の苦難を乗り越えてきた。ユイナのもう見えない目はその証だ」
掴んでいたユイナの袖をミカエラは震えながらゆっくりと放し、次はドレスの裾を両手でたくし上げて、玉座の間から小走りで出て行った。
しばらくして、再びパタパタという音をさせて、一人の男の子と一緒に舞い戻ってくる。
その子は見た目クーと同じ七、八歳位で、はち切れそうなウエストに黒髪と容姿だけはミカエラの夫と瓜二つだった。
「さっ、さあ、こちらにいる次期皇帝にご挨拶なさい!! 私のお姉様の御子。つまりあなたの従兄弟なのよ!」
男の子は口の周りにお菓子をいっぱい付け、急いで連れてこられ息が切れかかっている。
生活が苦しいという割にはお菓子を与えすぎているのか、歯はもはや全滅に近いほど虫歯が進行していた。
この女の育児は菓子を与えることしか脳がないのか!?




