私利私欲
「ちょっとした、事業を興して生活していた。この城じゃ甘いお菓子もないし、夜中に見知らぬ男も寝所にくるから落ち着いて眠れないし。だから自力で皇位継承に必要な指輪を取り返した。事業で成功した国ごと買えそうな金ととともに、俺たちの父が座っていた椅子にこうして座るために」
アイリックはさらに、ピクンピクンとこめかみをひくつかせながら、
「……でも残念だな、シュウ。お前はいくら指輪があっても皇帝にはなれないぞ」
そう言って、片手を目の真横に挙げた途端、シュウたちの周りを水色の兵士たちが取り囲む。
そして、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「お前たちの父ヒュウシャーは秘密裡にある恐ろしい計画を企てていた。結局、暗殺され、計画は頓挫してしまったが。その事をここにいる貴族を含め、この国の民が良しとするだろうか? だから息子であるお前がいくら指輪を所持したところで、残念ながら皇位継承権はないというわけだ。すぐに四人とも捕らえろ!!」
アイリックが挙げた手をゆっくりと前に倒したのを合図に、兵士たちはシュウたちに一斉に攻撃を仕掛け、居合わせた貴族たちは悲鳴を上げながら部屋の隅っこの方へと逃げる。
カチッ。
鞘から剣を抜いたジェシーアンは、電光石火の早業で兵士たちを次々と薙ぎ倒した。
光のようなあまりの速さに、彼らは剣の矛先が向けられていたことにも気づかず、どたっ、どたっ、と人が倒れる音しか響かない部屋は、すぐにしーんという静寂に包まれる。
「言い忘れたけど、うちの山猿は、その辺の山猿とは違うんだ。なにせ数千人の刺客相手に鍛錬を積んだ剣豪だ。もはやその腕前は、大陸中でも一、二を争うだろう」
なんつう、ドヤ顔。
しかも人の手柄をあたかも自分の手柄みたいに。
本当に都合がいいんだから。もお。
ぶすっとした顔でジェシーアンがカチリと鞘に剣を収めたところへ、後ろからスピガが腰を屈めながら前に進み出てきた。
「よいしょっ」と重そうな包みを持ち上げて、包みの中から取り出した大量の金貨を、部屋の隅にいる貴族たちに向かっていきなりばら撒き始めたのだ。
貴族と言っても、実際にはこの失業者溢れるこの国で裕福な暮らしをしているわけでなく、権力や地位にしがみ付いているものが大半だった。
そんな彼らは、目の前に突如降り注いできた金貨目指して走り出し、倒れてぐったりとしている兵士には目もくれず、踏みつけ押しのけるように先を争い金貨を奪い合っている。
己の私利私欲のために、悍ましい姿で奪い合う光景にジェシーアンは絶句し、ユイナは溢れる欲望に唯々震えていた。
「同じ価値の金でも、見る角度が違えば、まったく違ったものに見えてくる。……城では品質不良で引き取ることできない北すももであっても、すきっ腹を抱えた子どもには、この世で一番の御馳走に映るように……。そう思わない、従伯父殿?」
奪い合う人々が叫び声をあげる中、アイリックだけは微動だにせず、髭を触ったまま額に汗をいっぱいかき、ぼそぼそ呟いているシュウを見ていた。
金をばら撒き、これで貴族たちの支持を獲得したも同然。
しかも、皇位継承に必要な指輪を所持し、馬鹿みたいに強い大女を従えている。
だからあの時、善悪の判断がつく前に始末しておけばよかったのだ。
そんなアイリックの元へゆっくりと一定の歩調で、まるで雪上を踏みしめて歩くように、金を奪い合っている貴族たちを、掻き分けながら一歩一歩シュウは近づく。
そしてついに、彼の真横に立ったシュウは、アイリックの耳元で優しく囁くように小声で話しかけた。
「俺にとってはこの国の再建とか、もはやどうでもいい。この大陸すべてを手に入れることと、どうしても潰したい奴がいるんだ。お前は後々利用させて貰う。それと、寝首を掻こうとしても無駄だ。何故かと言うとだな……」