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デルタトロスの子どもたち ~曖昧な色に染まった世で奏でる祈りの唄~  作者: 華田さち
青年前期

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償い

(アラミス、私は決して不幸じゃないわ。神より与えられた今の幸せで十分ですもの)


 ああ、なんとあの時のあなたの面影を残しているのだろう。

 あなたは今も彼の中で、こうして生き続けているのですね。



 アラミスは初めて会った時からずっとミッカに対し密かな恋心を抱いていた。

 やがて恋心が愛情に変化し、国王にお許しを得て妻に迎えたいと願っていた矢先、後妻としてその国王に輿入れすることが本人の意思とは無関係に決まってしまう。


 彼女は翻弄される自分の運命に涙し、アラミスも国王に対する忠義の誓いに背くこともできず、結局淡い二人の恋愛に終止符を打つことになってしまった。


 婚儀を終えた夜、豪華ではない婚礼衣装を脱いで、不安そうな表情でこちらを見つめてきても、もはやどうすることもできず、侍女に伴われて閨に向かっていった時、アラミスは心内で激しい嫉妬を覚え、同時にやるせない悲しみに沈みながら、閨の警備をしていたのだ。


(もう二度と手の届かない雲の上の御方になってしまわれた)


 それでも、この国での地位と名誉を手に入れ、陰ながらそんな彼女を見守ろうと心に決めたにも拘らず、いつまでも亡くなった前王妃の事が忘れられない国王に寵愛されることもなく、お互いただ虚しさを感じる日々だけが過ぎて行った。


 そんなミッカをこの城から連れ出して二人で逃げようと、アラミスは何度思ったことだろう。

 それがたとえ死に値する大罪であったとしても、泥沼の底に沈んでいる可哀想な彼女を何とか救い出してやりたかった。

 ある日、堪えきれなくなり、思わずミッカと目を合わせてしまう。

 しかし返ってきたのは今の幸せで十分だという哀しい答えだった。


 そんな折、ミッカに懐妊の兆候がみられ、彼女は待望の世継ぎを産み、立派に使命を果たした。

 母として惜しみない愛情を、産まれてきた赤子に注いでいる姿を見ているだけで、これで全てよかったのだと彼自身、自分を無理に納得させて。


 王太子の誕生から数か月後、ミルフォスからの襲撃を受け、死ぬかもしれない戦に向かう時であっても、お互い言葉を交わすことすら許されず、ミッカが赤子を抱きながら王を見送るのを、横目で見たのが今生の別れとなってしまった。


 そんなアラミスの気持ちに気づいていたのかどうか、最期にミッカと赤子を救い出すよう国王は御沙汰を下した。

 ひょっとすると、それがたったひとつの愛情表現だったのかもしれない。

 愛妻を失った悲しみと、自らが置かれている立場との間で葛藤しながらも、こうして後事を託すくらいなのだからミッカに対しそれなりの愛情はあったのだと信じたかった。


 アラミスは闇夜を無我夢中で走り、走り、ただひたすら走った。

 一刻も早く駆けつけ、今度こそ確実に彼女を泥沼の底から救い出すために。


 しかし、その目に飛び込んできたのは、襲撃を受け、煙漂う無残な城の姿だったのだ。


 不気味な静けさと誰一人生存者がいない中、見晴らしの良い湖近くで不自然に盛られている土を掘り返し、変わり果てたミッカの姿を見つけた。


 急いで土を払いのけ、昔と変わらない儚い少女のような顔を見つめ、その頬と自分の頬を以前のように再び擦り合わせる。

 もう二度と目を覚ますことのない冷たくなった体を抱きしめ、ようやく手繰り寄せたこの絆でアラミスは本懐を遂げた。


「……辛かっただろうに。さぞや土の中は冷たかっただろうに。私もすぐ、そちらに参ります」


 何が悪い訳でも、誰のせいでもない。


 戦乱の世を生き抜く者として、誰もが心の何処かで覚悟しているはずだ。

 しかし、あの時こうしていれば、もっと別の生き方が出来たのではないのか?

 無理をしてでも婚姻にこぎ付ければ、死を覚悟で手を取り城から逃げ出せば、こうして彼女をたった一人で逝かせることはなかったのではないか?

 今頃になって、その激しい後悔は心を苛み、切り刻むように彼を痛めつけた。


 どれくらいの時間が過ぎたのだろう。

 これ以上ミッカの永遠の眠りを覚まさないよう再び埋葬して、自らもミッカのもとへ旅立とうと剣に手をかけた時、ふと彼女の指輪が外れていることに気づく。

 そして傍に赤子がいないことも。

 せめて母親と同じ場所に葬ってあげたいと、赤子を探し回っていたところで、暖炉で倒れているベガを偶然発見したのだ。


 ミッカの身の回りの世話をしていた侍女ベガは、赤子の泣き声と地響きが収まった後、誰かが城を歩き回っていたと証言し、その人物が赤子を連れ去った可能性を示唆していた。

 まだ完全に望みが絶たれた訳ではないということは、ひょっとすると王太子は何処かで生きているかもしれない。

 ミッカの面影を残すたった一人の息子。

 そしてもう一つ、アラミスはミッカの死に疑念を抱いていた。


 それはミッカと他の遺体が明らかに違うことだった。


 赤子の泣き声と、激しい地響き。

 最悪のシナリオがアラミスの脳内を駆け巡り、同時にミッカの面影を宿すあの赤子を見つけ出し、事実を確認するまではミッカの傍にはまだ行けないと、彼が戻ってくるまでは待つことを決めた。



 だが、唯一の忘れ形見である王太子ヒロの出現は、アラミスに思わぬ心境の変化をもたらす。


 ミッカと同じ彼の青く澄んだ瞳を見ているだけで、遠い昔の記憶が蘇り、彼女が傍にいるような錯覚すら覚え不思議と心が落ち着くのだ。

 そしてどこか頼りない印象ではあるが、何かとてつもない可能性を秘めているような気がしてならない。


 ふと、足元に視線を落とすと、供えてある美しいピンク色の花が風に靡いて静かに揺れている。

 アラミスは地面にしゃがみこんでその花を愛おしそうに撫でた。


「……ミッカ。愛しい我が心の妻よ。

 私はあなたの息子が一人前の立派な君主に成長するまで彼に寄り添い、手を差し伸べ、時には厳しく導いていくことを誓おう。

 それがおめおめと生き長らえた私のあなたへの償いであり愛の証です」


 そう言って立ち上がり、ヒロたちが掃除をしている城へと足早に向かった。


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