真実の力
シキの翠色の瞳は霞がかる断崖の頂を見据えている。
「どうして、この山だけ鏡に映らないのだろう?」
鏡の周囲を調べ、脱出の糸口を探っていたシキが戻ると、目を覚ましたヒロがいた。
「なんで助けたの? 俺なんてどうなってもよかったのに」
手の甲で目元を覆い、拗ねて横になっていた。
「だって、私を呼んでいたじゃない。助けてって」
「こんな俺を庇って大事な人が死んだんだ。みんな俺の傍からいなくなる。君だって……いなくなった……し……」
本当は死ぬほど会いたかった。それなのに体は思うように動かず、しかも不甲斐ない姿を晒して彼女に看病されていたことが恥ずかしくて、気持ちと裏腹な態度をとってしまった。
シキは、そんな彼の話をじっと黙って聞いている。
すると、二人の前にどこからともなく小さな女の子があらわれた。
ヒロは驚いた表情で、のそりと起き上がりその子に近寄る。
だが女の子も周りの情景もホログラム映像のように浮かび上がっているだけで、手を翳しても触れることはできなかった。
子どもは六歳くらいでシキにどことなく似ている。しかし女の子は彼女の銀髪とは異なり、真っ黒で艶やかな髪色をしていた。
小さな子は本を読んだり、外に出て野原を歩いていたり、食事をしたりしている。
いつも一人きりで過ごしていた。
「この子は何でいつも一人きりなんだ?」
「………これはきっと昔の私。リヴァが来るまで一人きりであの塔に閉じ込められていたの。今も大して変わらないけど。だから同じ年頃の知り合いもいないし、あなた達と出会ったのが最初で最後なのよ」
「閉じ込められて、って何で? 今こうしてこの場にいるのに」
シキはその問いに答えず、しばらくの間、悲しげな眼差しで少女を追い続けていた。
「それは、助けてって誰かに呼ばれた気がして、身体が勝手に反応したの。居ても立ってもいられなくなって、生まれて初めて塔を抜け出してしまった……」
「それって、俺が呼んだのか? 前から気になっていたけど、どうして君はそこまでアルギナに従うんだ?」
ヒロはあの薄暗い塔にずっと閉じ込められていたという事実に衝撃を受け、思わず肩を掴み、無理やり自分の方に振り向かせた。
「私には生まれた時に離れ離れになってしまった母が、この大陸のどこかにいるの。その行方を知っているのはアルギナだけ。あの人は相手の最も弱い部分を知る術に長けている。万が一、塔から出たらその母を亡き者にすると脅されて、仕方なく従っているの。リヴァも同じ。彼はカルオロンから追われ、それを理由にあの塔にいる」
「そんな、理不尽な! 君自身の人生なのに、誰かに制限されるなんておかしいよ!!」
「もしそうだとしても、私はその自分の弱さと向き合わなければ真に強くはなれない。私とあなたが持っている力は途轍もなく強力だけど、そんな力に頼らずとも強くあるべきだと思ったの」
二人が持っている力――それが何なのかは、まだよくわからない。
だがその力に導かれ、こうして二人きりでここにいるのは確かだった。
そして彼女が孤独な中でもがき続け、それでも必死に強くなろうと生きてきた姿に触れ、ヒロはいかに自分が弱い人間だったのかを思い知った。
彼女は幼い時からたった一人きりで戦ってきた。
それに引き換え自分は、傍からいなくなってしまった人たちのことで悲観的になり、いつまでも引きずって前を向こうともしなかった。
ベガやダリルモアが最後にどんな気持ちであの言葉を託し、命がけで救ってくれたのか、考えようともしなかった。
すべては俺のためだったのに!
(いいか! この力は使うと憎しみしか生まれない、だから絶対に使うな! 自分の真実の力を信じるんだ! 必ず答えはある。希望を見出せ、運命の子!)
俺は決して悪魔の子なんかじゃない。
俺が持っている真実の力。
その力を信じて、ベガや父さん、母さんたち。テルウやカイ。これまで支えてくれた人たちのために生きるべきなんだ。
そしてみんなに――目の前にいる君にも、真実の力を手に入れた、これからの俺の生き様を見せたい!
「君は強いね。だからいつも戦う力を俺に与えてくれるんだ」
ヒロは先ほどとは打って変わり、生き生きとした青い瞳で、尊敬の念を込めてシキに言った。
「そんなことないわ。それにあなただって、いつも私を笑顔にしてくれるじゃない。あんなに不安だったのに、普段通りのあなたに戻ってくれてとても嬉しいもの」
そう言ってシキは、ヒロに向かってにっこりと微笑んだ。




