幼女
結局、あの痩せた名前も知らない女にしてやられてしまい、その場で神官たちに引き渡された。神官たちは執拗に貴族らしい身なりに整えるよう要求し、兵士たちは彼らが納得するまで、その女の家でリヴァの支度を手伝わされている。
そして城塞都市バミルゴへ到着すると、宮殿にいるアルギナの前に連れていかれた。
アルギナは蛇のような目で上から下までじろじろと見定めたあと、
「思っていたより色男だな。もうあと十歳程若ければ、私の傍に置きたいくらいだ。これからお前にはこの国で最も尊い方のお世話をしてもらう。それがこの国で匿う条件だ。口の利き方には特に気を遣うように。機嫌を損ねたら最後、その命はないものと思え!」
とリヴァに向かって言い放った。
は? 何と無茶苦茶な………。
カルオロンに引き渡すと脅した挙げ句、此処まで連れて来て、口の利き方一つで命を失うとは。
然る方とやらは、この世のものとは思えぬ美貌の持ち主にもかかわらず、とんだ食わせ者ではないか!!
やがて神官たちに伴われ、精霊の森の奥深くにある暗い塔へと無理やり連行された。
彼らはリヴァが玄関ホールに入ると、押し込めるようにし、急いで大きな両開きの扉を閉めて早々に立ち去った。
まさかとは思うが、閉じ込められた?
しかもあんなに急いで逃げ帰るように。
リヴァはそんなことを想いながら、塔の内部をあちらこちら歩き廻り、然る方とやらの姿を捜しながら間取りを確認していた。アルギナの口ぶりから命の危険があるかもしれず、いざという時に備え逃げ道を確保しておくためだ。
誰一人いない塔の内部は、神官たちの様子とは裏腹に思ったより手入れが行き届いている。
「大勢が短時間で手入れしているのか? それとも然る方が席を外している時に手入れしているのだろうか?」
そして階段を二階まで上がり、一番近い部屋の扉を開けると、書庫のような部屋の奥で一人の幼女が長椅子に座り本を読んでいた。
幼女は銀色の髪を持ち、翠色の瞳を一瞬彼のほうに向けたが、すぐにまた本のほうに戻す。そしてあの神官が言ったように、この世のものとは思えぬ真っ白で綺麗な顔をしていた。窓から差し込む陽の光が幼女を照らし出し、神々しくさえ見えてくる。
――美貌の持ち主は幼女だったのか。………だからあの間。
しかも真っ白く、か弱い小動物みたいだ。
それが彼女の第一印象だった。
リヴァは驚かさないようにそっとその幼女に近づき、
「あのう。アルギナに姫様のお世話役を仰せつかったのですが、この塔には他に侍従や侍女はいないのでしょうか?」と機嫌を損ねないよう丁寧に訊いた。
「いないわよ。神官たちは食事や着替え、掃除の時だけやってきて、彼らはあっという間に帰っていくわ」
ややハスキーな声は幼い顔に似合わず、少しだけ大人っぽく感じられた。
そして相変わらず読書している幼女の傍で何をするでもなくじっと立っていると、腹の虫が今にも鳴き出しそうになった。
金が入れば名前も知らない女の家に転がり込んで、酒浸りの自堕落な生活を送っていた。しかしここ数日間は酒も飲まず、遠路はるばるバミルゴまでやって来たのだ。お腹が空いてもおかしくはない。
神官たちは生活に必要なものは何でも揃えると言っていた。
そして彼らが畏怖の念を抱く、目の前にいる美しい幼女。その一切の世話を任されていることこそが、自分がここにこうして立っている理由だった。
「お腹空きませんか?」
幼女は驚いて顔を上げたが、またぷいと本の方に目を落とす。
どうやら招かれざる客であることは確かなようだが、アルギナの言っていた命はないという言葉だけがどうも引っかかる。
こんな幼女がはたして本当に、機嫌を損ねただけで命を奪うのだろうか?
先程、歩き回って確認した食堂へと向かい、用意してあった食材で西側の名物料理を拵えた。寒さの厳しい西側では根菜を使った料理が多いが、比較的温暖な気候の南側の料理には馴染みがない。
芋や肉をソテーし、ひとまず幼い子どもでも食べやすいよう甘めに味付けしてから、幼女の前に差し出す。すると彼女は小さな口で一生懸命に食べている。
――この子はいつもこんな風にたった一人きりで食べているのだろうか?
リヴァには子ども時代に味わった、同じような境遇が思い出された。
大勢の少年たちが小さな部屋に押し込められ、会話をするわけでもなくただ黙々と食事をとっている。その食事はいつも味が感じられず、美味しいと感じたことも、楽しいと思ったことも一度もない。食事とはただその日を生き延びるために必要なものだった。
ふと幼女の皿を覗き込むと、芋類だけが丁寧に横に退けてある。
「………芋がお嫌いなのですか?」
そう尋ねると、幼女は何も答えず黙って口をナプキンで拭いていた。
――しまった! 機嫌を損ねるようなことを聞いたか?
しかしその時、彼女から予想外の言葉が返ってきた。
「ねえ。食事が終わったら私と勝負しない?」




