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人であって人ではない

 五年前、泣いている彼女をはじめて抱きしめた日以来、時折こうして甘えてくるようになった。

 まだまだ甘えたい年頃なのか、それとも本来持つ女の本能なのか。

 少しでも信頼してくれて素直に嬉しく思うが、夜の窓辺にそっと立ち、外の月を寂しそうに見上げている姿をみていると、やはりあの少年のことを思い出しているのかもしれない。

 初めて彼女を笑顔にした、不思議な魅力をもつ青い瞳の少年のことを。



 己の運命に打ち勝つため、そしてこの塔から出る日を夢見て戦ってきた五年間。

「よく、ここまで頑張りましたね。もうこの国において、……いや大陸中でも剣術であなたの右に出る者はそうそういないでしょう」


 これは決して謙遜ではない。

 彼女は淡々としているように見えるが、実はかなりの努力家タイプである。


 短所をきちんと自覚した上で、克服するために最大限修正してくる適応能力の高さ。

 暇つぶしに本を読んでいると言っているが、それだって本当は塔以外での見聞を広めるためだ。加えてこの類稀なる美貌。


「先生の次にね。ふふ」


 頭に手を当ててあげると、嬉しそうに腕にぎゅうと抱きついてくるのだが、先程から腕にやわらかい感触が当たっている。


「ん? 何、どうしたの?」

 本人は気にしてない様子だが、成長した彼女について実はずっと気掛かりなことがある。


 この国において、シキは人であって人ではない。


 アルギナの前に初めて連れて来られた日、傍にいる神官はリヴァの姿を見て驚きの声をあげた。

「アっ、アルギナ様、本当に彼に姫君のお世話をさせるのですか!? 彼はその……男性ですよ?」


 相変わらず扇を口に当てたままじっと考え、それでも現実を受け入れるしかないかのようにアルギナは言った。

「かといってこの国で姫さまの世話のできる女性が他にいると思うか? 海の向こう、遥か遠い異国では去勢した男性を充てがうこともあるらしいが、我が国は宗教上の理由からそういった習慣がない。それにこの男は第一級の囚人だ。首に高額の賞金をかけられ賞金稼ぎ達が血眼になって探している。姫さまのお世話をする代わりに、この城塞都市バミルゴで匿うのが条件だ。何かあればどういうことになるかは自分が一番弁えているはず。そうだろ色男?」


 リヴァはその時、何の返事もしなかった。

 然る方のお世話を頼みたいと神官に半ば強制的に連れて来られ、その御方がどんな人物かも知らないのに何を弁えるというのだ。


 バミルゴに来た頃は神官が驚いた理由がわからなかったが、九年経った今となっては分からなくもない。

 お世話というのは、人ではない彼女の日常生活で起こる雑事一切合切の面倒だった。

 食事の世話はまあ良しとしよう。苦手ではなく、むしろ得意な方だ。


 しかし精神的にキツイと感じるのは入浴の世話だ。

 湯殿に入っている彼女の髪を洗い、そして服を着替えさせる。

 感情と理性の葛藤する中で、年若く美しい彼女の世話をするのだ。


 いや、これはよこしまな気持ちではなく親心というモノであろう。

 彼女が将来、婚姻でもすることになればこれをどう説明するのか?

 そうか元より人であって人ではないからそんなこと想定していないのか?

 何れにしても、本当に彼女がこの塔から出る日がくればそんな状況が変わるかもしれない。

 地位や見た目、恐らく大陸中からその恩恵に与りたいと挙って人々が集まってくることだろう。

 私の腕の中で大切に花開く、容姿端麗で、知性を兼ね備え、尚且つ剣術に優れたまさに非の打ち所がない最高の女性。


「今日の御飯は何?」

「西側地方の名物、芋と玉ねぎのラニュエル風煮込みです」

「えーっつ! お芋嫌い……」


 彼女は総じて芋嫌いだ。芋類は女性の好きな食べ物で食物繊維も豊富だというのに。

 しかも不服そうに頬を膨らませてプンプン怒っている姿なんて、あまりにも可愛らしくて芋の量を倍増させたいくらいだ。


 不貞腐れくるりと背を向けて、先程、弾き飛ばされ地面に突き刺さった剣の方へとシキは歩き、そして剣を地面から引き抜き鞘に納めた途端、その場にへなへなと地面に蹲ってしまった。

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