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覚醒

 御者が廃坑の入口から出ると、黒い大きな馬車が停車しており、馬の手綱をもつと後方から声がした。


「邪魔したやつを、確実に仕留めた?」

「……ああ、二本放ったから間違いない。お前こそトランクは持ったか?」


 後ろに座る貴族の男に御者が確認すると、男は上質な座席の横に置いてあるトランクへと目を移す。


「持っているよ。収穫したタバンガイ茸はたしかにここある。子どもたちは奪われてしまったが、もう終盤に差し掛かっていたし仕方ないか。屋敷に戻るぞ、さあ馬車を出せ!」

 しっかりと手綱を握って、御者が手綱を動かすと馬が静かに動き出す。そして馬車はゆっくりと屋敷がある方向へと向かった。




 口から血を流しながらガクンと後ろにベガの首が落ちるのをヒロは必死に抱き留め、そして何も考えずただ子どものようにわあわあ泣いていた。

 ついさっきまで抱きしめてくれたふくよかな身体は暖かくて、心に安らぎを与えてくれていたのに、彼女の身体は今ではまるで氷のように冷たくなってしまっている。


 薬学に携わっていた経験から分かる。もう二度と彼女が目を覚まさないことを。

 そしてもう二度と、あの母によく似た眼差しで、優しい言葉をかけてくれることもないということを。


 自分の出生の秘密や、実母の話より頭を擡げはじめていたのは何故? という疑問だ。

 何故、彼女は御者が放った矢から自分を庇って死ななくてはならなかったのか?


 そして、その疑問はついに五年前の辛い過去のことをも思い起こさせる。

 幸せに暮らしていたのに、あの金髪の赤い眼の子どもが現れ、父さんや母さん、ジェシーアンやジオを奪っていってしまった。

 情報屋をしながら密かにカイ達と探していたのに、結局、何の情報も掴むことができなかった。


 何故、あの幸せだった尊い日々が奪われてしまったのだろう?


 五年前に見た悪夢のように真っ黒い闇に心が飲み込まれそうになる時、一瞬、バミルゴにいるシキの姿が頭を霞めた。

 銀色の髪を揺らしながら、翠色の目で微笑み、小さな白い手を差し伸ばしてくれた。

 アルギナがひた隠しにする重大な秘密だった彼女。

 いつも自分に戦う勇気を与えてくれる彼女。


 こんなに苦しくなる位好きなのに、何故彼女と別れなくてはならなかったのだろう?


 大事な人たちは皆、俺の傍からいなくなってしまうんだ。


 ついに、怨念のような負の感情がヒロをどっぷりと飲み込んだ時、彼の眼はボヤっと赤く光り出し、そして左の手の平を上に向けるとその中に小さな炎が生まれた。

 すべての怒りが一箇所に集まり、彼の心から感情や理性を奪い去る。

 その炎はやがて彼の身体を燃やしはじめ、身体中が赤い炎に包まれると何処からともなく鋭い音が聞こえてきた。


 ……スパーン、スパーン、スパーン、スパーン!


 最初は微かな音であったが、徐々に近づくにつれ、かなり大きな金属音のような音となり白煙を上げながら廃坑の天井や床が崩れ落ちてくる。

 焦点の定まらない赤い眼をしながら、冷たくなったベガの腰に差してあった剣を徐に抜き、ゆらあと立ち上がると入口の方へと彼はゆっくりと歩き出した。


 一歩ずつ歩く度に、そのすぐ後ろの支柱がスパーンと音を立てて折れ曲がり、天井の石が崩れ、歩いてきた道のりを大きな石が塞ぐ。

 もはやベガ横たわっている後ろを振り返ることなく歩き出す彼は、入口を出て左右を確認するわけでもなく、馬車が走り出した屋敷の方角へとふらふらと進んで行った。




 廃坑の入口に戻ってきたカイは、大きな石が崩れて入口を塞いでいることになんともいえない嫌な胸騒ぎを覚えた。


「何で廃坑が崩れているんだ? 二人は?」


 足元を見ると、地面には馬車の車輪の跡と人の足跡が残っている。

「……屋敷の方へ向かったのか? でも一人分の足跡しかない?」


 念のため年上の男の子に教えて貰ったもう一つの入口へと向かう。焦って二度とミスを犯してしまわないように。

 しかし、その入口も同じように石が崩れて廃坑に入ることすら出来なくなり、いやな予感はますます高まる。


「やっぱり二人に何かあったんだ!」


 とうとう本格的に降り出した雨は、あっという間に地面に残る足跡を流してしまい、ゴロゴロと遠くのほうで雷の鳴る音が聞こえた時、「カイ!」と向こうからテルウが走って来た。


「テルウ! 子どもたちは?」

「子どもたちはほとんどの子が正気を取り戻したから、急いで宿屋まで連れて行った。彼らは大丈夫だよ。宿屋の主が責任もって親御さんに届けてくれるって。それよりヒロやお姉さんは?」

「あの二人に何かあったのかもしれない。足跡が馬車の跡と一緒にあったから、馬車を追って行ったことは間違いないのだが……。とにかく貴族の屋敷に行ってみよう!」

 降りしきる雨の中、カイとテルウは足跡が続いていた方向へと消えていった。


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