面影
山間の小さな村では農産物が収穫時期を迎え、どの家でも大人たちは畑に出て忙しく働いていた。
子どもたちも親の作業を手伝い、ひと息つく頃になると今度は子ども同士で遊び始める。やがて近所の仲間たちがどこからともなく集まってきて、気づけば皆でいつもの秘密基地へ向かう。それがこの村ではお決まりの光景だった。その秘密基地は大人の目の届かない木々の茂みの中にあり、そこで手伝いを終えた村の子どもたちが次々と集まり、遊び始めた。
少し広くなった場所に、いつもはいないはずの奇妙な格好をした小柄な男がポツンと立っている。
色鮮やかな斑模様の赤い服装に、風変わりな赤いとんがった帽子を被った男。首から下げた見慣れぬ箱に興味を引かれ、子どもたちは恐る恐るその男に近づいていく。
そしてある程度の子どもたちが集まったところで小柄な男はその箱についているハンドルを回し始めた。
手回しオルガンからゆっくりと曲が流れると、美しく澄んだ音色が子どもたちの心を一気に掴んだ。
しばらくすると、流れているのが同じ曲の繰り返しだと気づいた子どもたちは、次第に興味を失い、一人また一人と別の遊びに興じはじめた。
最後までその場に残ったのは、五歳ほどの小さな男の子だけだった。澄みきった茶色の瞳を輝かせ、にこやかな表情のまま、音楽に聞き入っている。
やがて他の子どもが気付いた時には、男の子の姿、そして手回しオルガンを奏でていたトンガリ帽子の男の姿も、いつの間にか忽然と姿を消していたのだった。
「それで最初はみんなでオルガンの曲を聴いていたのね?」
ベガは子どもたちから、その時の状況を詳しく聞き取っていた。
「そうなの! 俺たちは途中で飽きて、他の遊びに夢中になってしまって……。そしたらいつの間にかあいつ消えていたの。お姉さん、あいつ帰って来る?」
「ええ、大丈夫よ。必ず見つけ出すから」
大勢の子どもたちはベガの周りに集まり必死になって話してくれている。みんな姿を消してしまった友達の事が心配で仕方ないのだ。ベガは彼らの頭を撫でながら事件解決を誓い、その場を離れた。
聞けば聞くほど不思議な話だった。
これだけ大勢の子どもが同じ空間にいて、男の子と風変わりな男が姿を消した瞬間を、誰一人として目にしていないというのだ。
オルガンの音色。
男の子は最後まで聞いていたと、子どもたちは口を揃えて証言していた。
音色に秘密があるのか? それとも、真実は別のところにあるのか?
「あーっつ、もう! 頭がぐちゃぐちゃになってきた。こういう時は、一度振り出しに戻らなくちゃ。振り出し……。あの森の中に戻るか。まあ、もうとっくにいないだろうけど」
ベガは貴族の屋敷が見渡せる森の中に戻ってきた。
謎を解く鍵はどう考えてもあの館しか思いつかない。
木の上によじ登り、辺りを見回した。やはりもう立ち去ったかと思ったその時、何本か先の木の枝に、白い頭巾姿の青年が三人座っていた。
い……た……! まだいたわっ!!!
しかもあのような目立つ真っ白な頭で三人固まっているなんて、あの子たち一応情報屋なのよね?
絶対仕事出来ないでしょう! 上司も気の毒だわ。
そんなことを考えながら、気配を完全に消して少しずつ慎重に距離を詰めていった。やがて、かすかな声が聞き取れる位置まで辿り着くと、ベガはじっと彼らの会話に耳を澄ませた。
「……お腹すいた。もう何日ここに座っているんだよ、カイ? 貴族の男なんてちっともいないじゃないか?」
「うるさいな! お前は腹が減るとすぐそうやっておしゃべりをはじめる。いい加減直せよ。いつもそれで仕事でミスするだろう?」
「最初から情報屋になりたいなんて一言も言っていない。カイ達が誘われて勝手に決めたんだ」
テルウは空腹に耐えられず、またいつものように口を尖らせてカイに文句を言いはじめた。
イケメンはおしゃべりだなあ。
この間、途中で話に割って入ってきた子がカイと言うのね。
ふーん、競争率高くて稼げるのに情報屋はなりたくてなった訳じゃないのか。
でもいつも一緒にいて、三人は仲良しなのね。フフフどの子も可愛い!
そして、年の頃は十代半ばから後半……。
ベガが彼らについてあれこれ注意深く観察していた時だった。
「なあ、ヒロもそう思うだろ? って、お前そんなところで寝るなよ。起きろ!」
テルウは寝ているヒロの腹の上にどっかり乗り、強引に目を覚まさせると、まだ意識のはっきりしないヒロの耳元でまくし立てている。
思わず心臓が止まりそうになり、ベガは全身の力が抜けて、また木からずり落ちそうになった。
……ウ……ソ!?
えっ? ええええええ?
あのイケメン今何て言ったの? 聞き間違いか?
いやでも確かに。
ああ……ミッカ様……。本当にあの時の赤ちゃん……な……の?
それとも、単なる偶然か?
「誰だ? そこにいるのは?」
目を覚ましたヒロが、テルウの愚痴を聞いている横で、何やら気配を感じたカイは突然木の上に立ち上がった。
しまった! 驚きすぎてつい油断した。
逃すものか! 必ず真相を突き止めてやる。
「いい加減出て来いよ!」
キレ気味にカイが言い出したので、ベガは木を移動し枝を押しのけ、彼らの前にそっと姿を現した。
「こんにちは。また会ったわね、薬屋たち」
「あっ、この間の人! 怪我は大丈夫ですか?」
嬉しそうにその青く澄んだ瞳でヒロが見つめてくるのを、ベガはじっと凝視し続ける。
うーん。面影があるような、ないような。
赤ちゃんの時しか見ていないし、決定的な証拠にはならないなあ……。
ベガが熱心にヒロを凝視しているのを見て、
「今、満月は出ていませんよ。お姉さん?」
皮肉を含んだ声音でそう告げると、カイは口元を歪めてにやりと笑った。
――相変わらず鋭い子ね、カイ君。
内心でそう呟きながら、ここで一気に距離を縮めたいと彼女はありきたりの誘い文句をを口にした。
「その通りよ、先日も別に満月の鑑賞なんてしていないわ。私はある事件を追っているの。それは君たちが追っているものと繋がっているかもしれない。もし良ければ麓に美味しい料理を出す宿屋があるの。そこで情報共有しない? 治療してくれたお礼に今日は御馳走するわよ」
彼女と一緒にご飯を食べられると、ヒロの表情はぱっと明るくなった。一方テルウは御馳走という言葉にぴくりと反応し、獲物を狙う獣のように舌なめずりをしている。
こらこら、イケメン! 私以外の前でそんなことしたら人心を惑わしちゃうから。
自然と笑いが込みあげてきて一人でニヤニヤしているベガを、カイは相変わらず警戒していた。だが状況がまったく動かないことに焦りもあったのか、結局この食事の誘いを受ける事にしたのだ。




