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帰還

 その時だった。廊下の奥から重なり合う無数の足音が大御簾の間に響き渡る。そして兵士たちに囲まれ、カージャとネリが大御簾の間に現れたのだった。


「カージャ殿」

 神官たちは驚きと戸惑いの中で、揃ってカージャに目を向けた。


「遥か海を越えた地から一通の文が届けられました。これはリトの将来に深く関わる重要な内容の可能性があります。まずは中身を確認した上で、女王にご判断いただくのが賢明かではないかしら」


 カージャの隣に立つネリは、その言葉を聞き終えると、小刻みに震えながら一通の文をシキに手渡した。

 それは、封蝋の紋章もなければ、上質な紙に書かれたものでもない。土色の紙で不格好に封じられた簡素な文だった。


 シキは、わずかな緊張を覚えながらその封を慎重に開いた。


 殴り書きのような文字が連ねられた文章を読み進めるうち、表情は少しずつ明るさを帯び、ついには歓喜がこみ上げた表情に変わった。


「アーロン、どうしよう! ヒロが帰ってくるって書いてあるわ! 順調に行けば、来月の初めには到着するそうよ!」


 その場に崩れ落ちるように泣き始めたシキを、アーロンは黙って抱きしめた。


「がはははっ! あいつは、どこまでも間の悪い奴だと思っていたが、今回ばかりは運が奴の味方をしたようだな。おい、そこの連中、よく聞け! これからリトの真の父が帰還するんだ。その男は東方のみならず北方さえも束ねる王太子だ! これによりリトは事実上、大陸の大半を支配する立場となる!」


 この宣言に、反論を試みる者など一人もいなかった。

 もし、その王太子とシキが婚姻の契りを交わすことになれば、リトが得る利益は計り知れないものとなるだろう。


 こうして評議会は終幕を迎え、アーロンはようやく肩の荷が下りた。これで心置きなく、遠くミルフォスに残したままだった息子フリンを呼び寄せることができるのだ。





「父さま! 早くっ、早く来て! 異国の商船ってあれではないでしょうか?」


 フリンは初めて目にする広大な大海原と、遥か彼方に霞む異国の帆船の姿に心を奪われていた。子ども特有の無邪気な声がいっそう大きく波止場に響く。


「待て、フリン! こいつが全然歩かないんだ!!」


 リトを抱きかかえたアーロンは、汗だくになりながら必死にフリンの背を追っていた。


 あの日を境に、フリンはミルフォスを離れ、アーロンとともに暮らすようになっていた。八つになった今、どんなことにも興味を示す、好奇心旺盛な年頃である。

 そしてこの日、ヒロたちを迎えるべく、フリンはアーロンらとともに港町の波止場へと足を運び、期待に胸を膨らませてその到着を待っているのだった。


「アーロンがついてくる必要などなかったのに」

 シキが静かに告げると、アーロンは苦笑交じりに応じた。


「そうも、いかねぇだろう? あれから四年、俺は父親代わりとしてリトの面倒を見てきたんだ。それに、お前を置き去りにしていたあいつには一度痛い目を見せてやらねぇとな」


 そう口にする一方で、実際のところ、船が入港してくるのを誰よりも楽しみにしていたのは、紛れもなくアーロンだった。その顔には、少年のような期待が隠しきれずにいる。


 シキはアーロンの腕に抱かれたリトの頬に、そっと唇を寄せた。

「もうすぐ会えますよ、会いたかったお父様に……」


「で、お前は評議会でどう説明するつもりだったんだ?」


 アーロンの問いは、彼の胸中に長らくくすぶっていた疑問を言葉にしたものだった。


「別に、たいしたことではないわ。リトは私が立太子として育てるつもりだったの。それに帝王学についても、お母様が自らお引き受けになるお考えだったわ」


 そう答えながら、シキは花が咲き誇るような微笑みを浮かべる。

 その顔には、かつて命の灯が消えかける中で必死に生きようとしていた面影は微塵も残っていない。アーロンは、こうしてしっかりと地に足をつけて立つ彼女の姿を見ることができる奇跡を心の底から噛みしめていた。


「よかったな、お前。こんなにも幸せそうで」


「アーロンありがとう、いつも助けてくれて」

 彼女のその一言が、アーロンの胸に温かな熱を灯した。


「おっさんの前で、言っただろう。俺はいつでも、お前の味方だってさ」


 応じたその言葉には素直な安堵、シキへの揺るぎない信頼。そしてほんのわずかな寂しさが織り交ぜられていたのだった。


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