評議会
幼いながらも、リトには自らが置かれた不安定な立場が、ぼんやりと理解されているのだろう。母の表情や、仕草の一つひとつから、その胸の奥に秘められた苦悩を敏感に感じ取っている。
「リトを立太子とする声が高まりつつあるの。次の評議会で、私は結論を出さなければならない。リトを私生児として扱うのか、それともアーロンと婚姻することでその立場を整えるのか……」
シキはそう言いながら、そっとリトの頭に手を置き優しく撫でた。その仕草には、幼いリトへの深い愛情と、重くのしかかる決断が静かに交錯していた。
「もう、四年だもんな。我々も手を尽くして探してはいるが、全く手掛かりが掴めない。生死さえも……」
カイはそう呟くと、視線を遠くにやった。
生死という言葉が響くたび、現実が心に重くのしかかる。
せめて、息子が生まれたという事実だけでも伝えられれば。
そう願うものの、手紙さえ届かぬ状況が続く中、最悪の事態も否定できない。
旅立ちの折、ヒロは確かに言っていた。
――ひょっとしたら、帰れないかもしれないと。
「パシャレモの宰相アラミスが、ヒロとテルウの葬儀の準備を進めているらしい。そして、もしリトが私生児として扱われることになれば、自分が引き取るつもりだとも。そのことを伝えようと思って今日はこちらに足を運んだんだ」
カイはその言葉を残すと、もうすぐ生まれる我が子のことを理由に挙げ、足早にカルオロンへと帰国の途についた。
その背中には、一国の皇配としての使命感と、家族を守る父親としての愛情が感じられる。シキにとってはまさに羨望を抱かせるものである。
カイが去った後の静寂の中、木の葉のような小さな手が、確かな力でシキの手をぐいと引いた。
「……母上、どうか哀しまないでください。わたしがずっと母上のそばにおりますから」
ヒロと同じ青い瞳がシキをまっすぐに見つめ、ヒロと重なるような表情で励ますリトの姿に、シキの胸は熱くなった。愛おしさと共に、母としての想いが堰を切ったように溢れ出す。
孤独を感じる余裕さえなく、悩みを抱えながら日々子育てに追われている自分。その日常の中で、この幼子にどれほど支えられてきたことか。
「ごめんなさいね、リト。あなたに気を使わせてしまって。私は母親失格かもしれない。でも、やっと決心がついたわ。これで胸を張って評議会に臨める。ありがとうね、本当に大好きよ」
シキはそっとリトを腕に抱くと、もっちりとした頬に優しくキスを落とした。
――命に代えても守り抜きたい、かけがえのない宝物。
その想いがシキの胸に深く刻まれる瞬間だったのだ。
こうして迎えた評議会の日。
大御簾の間には、高位の神官たちが並び、その外側には、自警団を組織し国の安寧を支える民衆の代表たちが控えている。
さらに、アーロンのエプリトからも多くの役人が一堂に集い、評議会の行方を注視している。
シキとアーロンの間には、一人の幼子が座していた。
幼いながらも、その佇まいには落ち着きと威厳が漂う。
誰もが理解していた。
この日、この場で発せられる一言が、国の未来を大きく左右するのだと。
「それでは、僭越ながらお尋ね申し上げます。女王陛下、リト殿を私生児として扱われるご意向でございますか? それとも、アーロン殿と婚姻を結び、立太子とされるおつもりでしょうか?」
年老いた神官が杖に身を預けつつ、重々しい声で問いを発すると、周囲の空気が一層張り詰めた。
その瞬間、集う人々の視線が一斉にシキへと向けられる。
シキは一度、短く息を吸い込み、ゆっくりと目を閉じる。
そして、そっと隣に座るリトを見やり、再び前を向いた。
大御簾の間を包む沈黙は、次に放たれる彼女の言葉を待つ緊張感に満ちていた。
「私はリトを…………」




