結晶
生まれたばかりのシキの顔を見た瞬間、カージャはこの上ない喜びを感じた。だが、それと同時に、容姿が御神体を彷彿とさせたため、下手すればアルギナたちに利用される危険がある。その直感が、彼女の中で警鐘を鳴らしていた。
そして、ネリと共に国外へ逃亡しようとした矢先、事態は予期せぬ方向へと動き出す。
赤子の大きな泣き声が響き渡ると同時に、兵士や神官たちが次々と倒れ伏していったのだ。
――それは、カージャだけが理解できる、混沌とした未来の到来を予感させる出来事であった。
結局、シキはアルギナに奪われてしまい、絶望に泣き崩れるカージャに対し、青年は思いがけぬ言葉をかけたのだった。
「カージャ様、ご安心ください。姫が結界の張られた塔へ移される際、身の回りの世話をする神官が必要となるでしょう。私はその役目に志願するつもりでおります」
「でも、あの子が持つ悪しき力が発動するかもしれないのよ!!」
「ご心配には及びません。姫も、実の父である私には力を使うことはないでしょう。親子の絆とは、そうしたものです。どうかカージャ様も御身を大切に、姫のことはすべて私にお任せください」
こうして、カージャとネリが蔦の絡む屋敷へと追放されたのと同時に、宗教国家バミルゴの重厚な鉄壁は完全に閉ざされ、他国との国交は一切断たれることとなったのである。
シキの瞳から大粒の涙が頬を伝い落ちると、カージャはそっと優しくその身を抱きしめた。その腕が微かに震えているのを感じた瞬間、シキの脳裏には幼少期の記憶が断片的に甦ってきた。
(愛おしい、愛おしい我が宝物よ。いつの日かこの鳥籠を出て、必ずや広い世界へと羽ばたいていくのですよ。大空を舞う鳥のように、自由に、そして美しく――)
「……私は昔、ただ一人の神官にしか心を開かなかったと、リヴァから聞いたことがあったの。その神官がいなくなった後、リヴァが現れて。あの言葉をかけてくれたのはお父様だったのね。私はずっと自分は孤独だと思い込んでいたけど、そうじゃなかった。お父様や従者になったリヴァに愛され、守られていたんだわ」
外の世界を見てみたいと強く思うようになったのは、父の言葉が胸に響いていたからなのだと、シキがそう口にした瞬間、カージャは、哀しみをその瞳に滲ませ、そっと目を伏せた。
神官でありながら子を成し、その子は崇め奉られる神として過酷な定めを背負わされることとなった。
その娘をひとり残してこの世を去らねばならなかった時、彼の胸にはいかばかりの思いが去来したことか。
そう想像するだけで、カージャの胸は締めつけられる思いであった。
片時も忘れることのなかった、二人で過ごした尊き時間。
だが今、その娘は数々の苦難を乗り越え、新たな命を紡ごうとしている。それを見届けることもまた、母としての喜びなのかもしれない。
カージャは、二人の結晶であるシキを誇らしげに見つめ、その瞳の奥には遠い日々の思い出が静かに揺れていた。
その後、シキは婚姻の決断を一旦保留としたまま、私生児を産む道を選んだ。
果たして、いつまでこの保留状態が認められるかは定かではない。
しかし、しばらくの猶予は与えられたのであった。
公務の一切はカージャに委ねられ、さらに有能な侍女ネリの支えも受け、シキの心身は次第に安定し、やがて臨月を迎えることになった。
しかしながら、その出産は想像を絶するほどの難産であった。
カージャとネリは、悶絶し激痛に苦しみ続けるシキに寄り添い、すでに三日が過ぎようとしていた。医師は幾度も諦めかけ、その場に立ち会ったアーロンでさえ、ただ祈りを捧げることしかできぬほど、緊迫した時間が流れていたのである。