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「あら……思ったより元気そうで安心したわ。可哀想にね。今が一番、辛い時期でしょう? 私もあなたがお腹にいたとき同じだったのよ」


 翠色の瞳がわずかに憂いを帯び、かすかな微笑みがその口元を彩っている。


「おっ、お母様!?」


 シキが発する驚きの声が部屋中に響いた。


 覗き込んでいたのは、蔦の絡まる屋敷で別れたきりの、シキの母カージャだったのだ。


「ひ、姫様。お久しゅうございます。エプリト領のアーロン様より使者が参りまして、母子ともに大変な時期に差し掛かっておられるシキ様の傍に、ぜひとも母君であるカージャ様をお招きしたいとのことでした……」


 そう告げるネリの声は涙にかすれ、ぐしょぐしょに泣き崩れていた。


 そのあまりの感激ぶりに、カージャは「まあまあ」と優しく声をかけ、そっとネリの涙を拭ってやるのだった。


「お体の具合は大丈夫なの、お母様?」


 かつて、たった数言を交わしただけで力尽きるように倒れ込んだ母の姿は、目の前にいる女性とはまるで別人のように思えた。痩せ細っていた身体はふっくらと肉付きが戻り、肌艶さえも見違えるほどに良くなっている。


 シキが問いかけると、カージャは肩に掛けていたフィシューを静かに外し、そっとネリに渡した。そして、ゆっくりとベッドの端に腰掛け、シキの手を優しく握りしめると、微笑みを浮かべながら言った。


「そうね……何から話せばいいかしら。まずは、あの青い瞳の彼のことからにしましょうか?」


 久方ぶり会った母は温もりが滲み出していた。

 そして待ち望んだ娘との再会を喜ぶかのように、カージャは穏やかに話し始めたのだ。


 シキとカージャが束の間の再会を果たしてからこれまで、ヒロは幾度となく時間を見つけてはカージャのもとを訪ね、薬草を届けるとともに、献身的な支援を続けていたという。その時、彼は記憶を辿りながら、シキにまつわるあらゆることを母に語り聞かせたのだ。


 何を好み、何を嫌い、どんな仕草を見せ、あるいはどんな風に笑うのか――。

 そのすべてが、ヒロの言葉を通して、カージャの心の中に色鮮やかに描かれてゆく。


 ヒロがシキと会うことがままならなくなっても、シキの功績や、戦況の変遷が彼の口から伝えられた。

 シキの動向を聞くたびに、カージャは安堵と共にひそやかな期待を抱き、再会する日を夢見ながら、ゆっくりと体力を取り戻していったのである。



「会えない時間が辛いのは自分も同じなのにね。だからこそ、あれほどまでにあなたを想い続けている彼が、あなたを置き去りにしたまま、二度と戻らないなどということは、ありえないと思うのよ」


 ヒロがカージャを案じ、支え続けてくれたことに、シキの胸中には静かな温もりが満ちていった。

 いくら援助の意を示したくとも、自ら動けば神官たちの目を逃れることは難しく、望むようには事を進められなかった。


 その代わりに、ヒロが陰ながらカージャを支えてくれていたと知ることは、何ものにも代えがたい喜びであった。


「ですから、あなたが公務をまともに執り行えないと耳にしてからというもの、いても立ってもいられなくて。ちょうど今は城門も開かれていると聞いたものだから、着の身着のままで来てしまったわ。何も案じることはありませんよ。あなたの代わりに私が全ての公務を引き受けます。ゆっくり静養なさい」


「えっ、お母様、そのようなことお出来になるの?」


 シキが驚きに目を見張るなか、後ろに控えていた侍女ネリが、喉越しの良さそうな果物をそっとカージャに差し出した。


「何を仰いますか、姫さま。カージャ様は、あの塔の書庫に収められたあらゆる書の知識を頭に蓄えられております。それに、神官たちが権力を持つまでは先代王に代わり一切の公務を采配されていたお方なのですよ」


 ネリはさも誇らしげに、カージャの輝かしい功績を讃えた。

 心強い味方の出現に、シキはただただ目を瞬かせるばかりだった。やがてカージャは優しく微笑みゆっくりと果物を彼女の口元へと運んだ。


「神官たちは、生まれてくる子を後継者とすべく、一刻も早くあなたの婚姻を取り決めようと躍起になっています。しかし、それではあの彼があまりにも不憫というもの。それに、燃え盛る恋情とは、容易に抑えられるものではないでしょう? 私もそうであったのですから」


 シキの心の奥で渦巻いていた、己の父親が誰であるのかという疑問。そして、その可能性の一つがアルギナであるかもしれないという不安。


 あの蛇のような目をした狡猾な神官に対して、母カージャは真剣に恋心を抱いていたのか。そう問おうとした矢先、カージャの口から、思いも寄らぬ言葉が飛び出す。


「神官との道ならぬ恋だったのよ」


 身の毛もよだつ最悪の予感が胸中に迫りくる中、シキは硬直しながらも震える声で恐る恐る尋ねた。


「それって……まさか、アルギナのこと?」


 カージャは一瞬、呆然とした表情を浮かべた。しかし、真実を知らぬ者がそのような誤解に至るのも無理もない。あの状況下にできる者が、父以外には存在し得ないと思い込んでしまったのだろう。


「違うわ。あの方は高身長で、礼儀を重んじる素晴らしい人だったわ。それにアルギナは女性よ」


「女……性……!?」


「彼女こそ、この国において神を欺いた最大の偽善者。神官たちはその欺瞞に気づくこともなく、長年にわたって彼女の掌の上で踊らされ続けてきたの」


 カージャは微笑みを湛えてはいたが、その表情には懐かしさとほのかな憎悪が混じり合った顔をしていた。

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