新しい命
ヒロたちが旅立ってから、すでに数か月が経過していた。
かつて堅牢さを誇った城塞都市バミルゴも今や城門を広く解放し、人道的交流を促進する姿勢を見せている。
そのため、物珍しさに引き寄せられ、観光客たちが次々と国を訪れるようになり、活気あふれる国へと変貌を遂げていた。
だが、それだけではない。バミルゴの繁栄とともに交易を目論む者たちが増え、女王との謁見を願い出る要人たちが後を絶たなくなったのだ。
こうして公務に追われ、さらには謁見に臨まなくてならないシキの一日は、もはや分刻みの予定によって埋め尽くされ、片時の安らぎもなくなっていた。
そのようなシキの様子を、アーロンは静かに大御簾の間の後方から見守っていた。幾多の公務に追われ、多忙を極める彼女の姿には、さすがに疲労の影が色濃く刻まれている。どことなく顔色も冴えず、その痩せ細った体は未だ以前の輝きを取り戻すには至っていない。
ずらりと並ぶ要人たちひとりずつと言葉を交わし、ようやく最後の謁見が終わりを迎えた。彼らが厳かな大御簾の間から退出するのを見届けると、シキはもはや立っていることさえままならず、王座の縁に身を預けたかと思えば、そのまま崩れるように突っ伏してしまったのである。
アーロンは後方に控えていた神官たちを容赦なく押しのけ、たちまち彼女のもとへと駆け寄った。
そして、「まったく、無茶をしやがって……!」と低く呟きつつ、すぐさま振り返り、「医師を、誰か医師を呼んでくれ!!」と大声で命じた。
力強くシキを抱き上げると、神官たちが浮かべる心配げな表情など意にも介さず、まっすぐに彼女の寝室へと向かったのである。
医師は時間をかけた診察を終え、額に深い皺を刻んだまま、これ以上ないほど重苦しい表情でアーロンのほうを見つめた。
「アーロン殿と女王陛下だけに、お伝えすべき重要なことがございます。恐れ入りますが、人払いを願えますか」と静かに告げた。
医師の言葉に従い、室内に残っていた神官たちは、目を覚ましたシキの一言に押される形で、名残惜しげにその場を後にした。
しかし、それでもなお安心しきれない様子の医師は、念には念を入れて寝室の周囲をもう一度見回し、慎重にシキの前に腰を下ろしたのだ。
そして、急に険しい怒りの表情を浮かべると、アーロンに向き直ってこう厳しく言い放った。
「アーロン殿、よりにもよって、なんということをしでかしてくださったのですか?」
「何がだ? あんたにとやかく言われる筋合いはないと思うが」
「女王陛下はご懐妊されております。体調不良の原因は悪阻でありました。そればかりか、激務が祟り、流産の危険性も生じております。当分は絶対安静が必要でございます」
「ぶっ!?」
あまりの驚きように思わずシキは噴き出した。
その一方で、アーロンは表情を凍らせたまま、両手で顔を覆い、天を仰いで深い溜息をついた。
「先に言っておくが、俺が父親じゃないからな。まったく、どうしてこんな時に……。父親の見当はついているが、そいつは行方知れずなんだろう? どうなんだ、シキ?」
シキは医師の診断を聞くや、混乱というよりもむしろ唖然とした表情を浮かべている。
自分の身に、一体何が起きているのだろうか。
新たな人生を歩み始めると同時に、小さな光のような新しい命が、胎内に宿っているというのだ。
「だって、だって!! 旅立つ前に、儀式を行うって。だから、身を清めて、盃を酌み交わして…………」
シキの声はかすかに震えていた。
「なんじゃそりゃ!? それは“初夜の儀式”じゃねぇか!!」
「妙に詳しいと思っていたけど、彼は一体どうしてそんなことを知っていたのかしら???」
「知るか! くっそ、あいつ、今度会ったらただじゃおかねぇ! 何も知らねぇお前を誑かしやがって!!」
アーロン今にも噛みつかんばかりの勢いで怒りを爆発させた。そのあまりの剣幕にシキは「うぷっ……!」と息を呑み、吐き気を覚えつつ口元を押さえる羽目になった。