賞金稼ぎの女
「いたたたたたた! 何よ、急にぶつかってきて!?」
自分達と同じように木の上で身を潜めていたこの人物に、ヒロ達は慌てて駆け寄った。
いつからそこにいたのだろうか? 全く人の気配が感じられなかった。
「すみません! 人がいるって気付かなくて……」
普通、気付かないだろう。こっちは身を潜めているのだから。
しかも、双眼鏡越しとはいえ、周りを気にしないで寄っていくなんて、素人とか!
そんなことを考えながら、木から落ちた人物はヒロをじっと見つめていた。
「青い瞳……」
食い入るようにヒロを見つめるその人物は、彼らよりやや年上に見える、ふくよかな体つきの薄茶髪の女だった。黒いズボンに濃い茶色のジャケットをまとい、首や頭、さらにはベルトの至るところに見慣れぬ飾り物を身につけている。彼らも初めて目にする独特の装いで、腰に剣を差しブーツを履いていたことから、女騎士のような印象を受けた。
よく見ると女は落ちた時に、木の枝で引っかけたのか腕から出血している。
「あっ、怪我している! お詫びに薬草で治療させてください」
ヒロは常備している薬草で彼女に治療を施し始めた。
これはペンダリオンの仕事をしながら習得した技能だ。
予想以上の腕前に女は、
「ほぉー、大したものだ。ありがとう薬屋。あなたの名前は?」と感心した様子で問いかけた。
ヒロは咄嗟に名乗ろうとしたが、人の気配ひとつ感じさせず木に潜んでいたこの女を怪しく思ったカイが横から割って入った。
「ただの薬屋です。夜にしか見つけられない薬草を探していたもので、夢中になるあまり気づくのが遅れてしまいました。申し訳ありません」
カイは涼しい顔でにこりと微笑んだ。
「……そう、別に名前はいいのよ。私も今日は満月が綺麗だから木の上で鑑賞していたの。人がいるなんて気づかなかったわ」
彼女はそう言って、騎士のように大げさに頭を下げた。
そして落ちた地点に忘れ物がないか再度確認し、剣の位置を整え直した。
「それじゃあ。ありがとう、薬屋たち」
礼を述べると、満面の笑みを浮かべて立ち去って行った。
女は暫く歩いたあと、彼らの方を振り返り小さく呟いた。
「………白い頭巾、情報屋か。こんな時に厄介なのが出てきたわ」
情報屋が交渉相手以外に本名を明かさない理由を知っている。
それは隠密行動で相手を信用させるため、嘘の情報にすり替える時に本名が足枷になるからだ。自分も似たような事するからよくわかる。
まずは薬屋だと信用させようとしたのか?
もしそうだとしたらこの治療は?
あの無垢な青い瞳で誠心誠意、治療してくれたと思ったのだが……
女は一度、頭の整理をしたくて身を寄せている家へと夜道を急いだ。
「驚いたよ。俺が止めなければ名前を明かしていただろう?」
カイに指摘されてヒロは下を向いてしまう。迂闊にも情報屋として致命的なミスを犯してしまうところだった。
「……だってあの人、母さん……セラになんとなく似ていて。思わず名乗りそうになった。ごめん……」
二人は何も言えないで暫く黙っていた。
ヒロがセラの最初の息子で、ずっと彼女が特別な存在であることを知っているからだ。自分達もセラには育てて貰ったし、同じ分だけ愛情を与えて貰ってはいた。だが、誰よりも長く共に暮らしてきた彼は、昔からセラに本当の母親のような愛情を感じていた。兄弟の中で最もセラを大切にしていたのも彼だった。
「仮にそうだとしても、気配を感じさせなかったあの女は要注意人物だ。満月が綺麗って……、夜空を見ろ、今夜は曇り空だぞ!」
「でも結局、名乗らなかったから良かったじゃない? また明かりが灯っているかもしれないから監視続けようよ」
カイは平常と変わらぬ静けさで状況を判断していたが、テルウは予想以上に落ち込んでいるヒロを気遣い励ました。やがて三人はまた木に上って監視を続ける。
しかしその日は再び館に明かりが灯ることはなかった。
夜道を歩き続け、身を寄せている家に辿り着いた頃には、あたり一面に朝靄が立ちこめていた。
「お疲れ様。昨日は徹夜だったのかい? 何か収穫はあったかな、ベガ?」
家畜に与える餌を持って庭にぼおっと立ち、家の主は戻ってきたベガに声をかけた。
不安で何も手につかなかったとしても、家畜の世話はしなくてはならないし、作物の手入れだってしなくてはならない。
貧しい農家の暮らしなんてどこも同じだ。
落ち込んでいるからといって投げだしたら生きていくことなんてできない。
皆、毎日を生きて行くのに必死なのだ。
疲れ切っている家の主に本当は吉報をもたらしたかったが、これといった進展がなかったとはとても言い出せず、
「収穫はあったような、なかったような……」
とベガは曖昧な返事しかできなかった。
「パンとスープが用意してあるよ。温めて食べるといい。妻の調子が良ければ、もう少しうまいもの御馳走するのだが……」
「気にしないで。ここにこうして御厄介になっているだけでも有り難いもの」
肩を落としている姿を見ていられず、ベガは家の主が持っていた餌の入っている木製のバケツを代わりに持ってやった。そして家の主と一緒に家畜小屋に行き、家畜たちに餌を与えた。
「徹夜明けなのに手伝わせてすまない。夫婦揃ってしっかりしなくてはいけないと頭ではわかっているのに……」
「こんな状況ですもの。仕方がないわ」
「でも、どうして賞金稼ぎを生業にしているのに、この仕事を引き受けてくれたんだい? 報酬だってとても払えないのに」
ベガは夢中で餌を食べている家畜の親子を見つめ、子どもの方を愛おしそうに撫でた。
「……昔、赤子を救えなかったから、この仕事はその罪滅ぼしなの」
「赤子?」
何も言えなくなってしまった家の主に向かい、優しい目つきで彼女は言った。
「ご子息は必ず助け出してみせる。だから安心して」




