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デルタトロスの子どもたち ~曖昧な色に染まった世で奏でる祈りの唄~  作者: 華田さち
青年後期(三王国時代 後編)

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見届け人

 ヒロはシキを腕に抱き、王座の間を超えたそのさらに上にある誰の目にも触れぬよう密やかに隠された部屋へと辿り着いた。

 その部屋が、密談や裏取引の場として用いられていたのか、それとも禁忌の情事を隠すための部屋であったのか、その真相は定かではない。

 しかし、今はただ、粗末な寝具と簡素な卓が無造作に置かれているのみの部屋で、ヒロは静かにシキを寝台の上へと横たえた。


 銀の如く美しかった髪は、今や漆黒に染まり、翠色に光っていた瞳も、もう二度と見ることは叶わない。


 涙さえ零れず、彼女をここまで追い込んでしまったことへの後悔と、何もしてやれなかった自責の念だけが、ヒロの心を苛み続けた。


 まるで光そのもののように輝いていたシキの姿が、走馬灯のように彼の脳裏に浮かび上がる。


「もう……終わったんだ。すべて……終わったんだ。俺たちはもう、戦わなくてもいいんだ……」


 かつて鳥籠に囚われていた美しき鳥は、ついに空高く飛び立っていったのだ。永遠に手の届かぬ場所へと。


 あの唄の言葉が頭をよぎるたびに、ヒロは運命を受け入れざるを得なかった。

 これからの自分は、シキの亡き魂を胸に抱きながら、明日を見つめて生きていく運命に縛られたのだと。そして、ふと気づけば、あの唄の一節が自然にヒロの口から漏れていた。


「エスフィータ、エスフィータ

 こどもたちに口づけを………」



「こどもたちに口づけを………」


 その唄の調べに導かれるかのように、ヒロは冷たくなったシキの唇へと静かに自身の唇を重ねた。

 胸の奥深くに哀しい運命の残酷さが、鋭く広がっていくのを感じられずにはいられない。


 これが、コドモタチに課せられた避けられぬ結末だったのか――。


 たとえ最後に自分ひとりが残ったとしても、シキのいない世界に意味はない。ただ、終わりなき絶望が彼の心を覆い尽くし、その全てを蝕んでいくだけだった。




 ふと、ヒロは傍らに立つ幼き少女の存在に気づいた。


 黒髪の少女はシキに驚くほど似ている。

 その小さな手を寝台にかけ、わずかに背伸びしてシキのことを覗き込んでいる。



「君は……あの時、鏡の中で会った子だね。君が、四人目のコドモタチ?」

 ヒロは一切の感情もなく、静かな声で問いかけた。


 鏡の中から脱出する直前、抱き合うヒロとシキの周囲を、まるで踊り子のようにクルクルと舞い踊りながら、あの唄を歌っていた少女。

 その姿は、時を経ても何ら変わることなく、幼少期のシキにとてもよく似ている。


 だが、こうして間近で目を凝らしてみると、寝台に横たわるシキとは微妙に異なる。

 その瞳は、シキの深い森のような翠色というよりは、まるで宝石が放つ光の如く、眩い輝きを宿しているのである。



「そう。でも私は、あなたたちの見届け人。これでやっと、希望という名の未来への扉が開かれる。そのために儚くも散っていった多くの命。それらすべてを胸に、明日を生き抜いていくの。それがあなたたちに課せられた宿命だから。それにこの子には、まだ果たすべき大切な役目が残っているわ。じゃあね、バイバイ」


 そして次の瞬間、子どもらしく笑う少女はシュウと同じように、真紅の花びらとなってヒロの眼前で静かに散っていったのだ。



 真紅の花弁が舞い散る中、やがて乳白色の眩い光がその先に浮かび上がった。

 つい先ほど姿を消した少女は、短い黒髪を銀糸の如く腰まで垂れる長髪へと変え、その姿は幼さを残す少女から、成熟した大人の女性へと驚くべき変貌を遂げていた。


 そして、彼女の白い手を、誰かがしっかりと握っている。

 女神の如き輝く彼女の傍らには、淡い光を纏う金髪の男が、静かに寄り添っていた。

 男は一瞬だけヒロの方へ視線を向けたが、その瞳は、まるで冷たく透明なガラスのように、妙に印象的であった。


 そして二人は、言葉を交わすことなく、幸せそうに光の中へとゆっくりと歩みを進めていったのである。

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