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クーの野望

 ジェシーアンは身体を起こしたシュウのもとにつかつかと歩み寄り、手を差し伸べた。

「ひどい有様ね。シュウ」


 彼はいつも山猿と呼んで馬鹿にしているにもかかわらず、手を差し伸べられている自分を恥じて最初は手を取らなかったが、近い将来、ひょっとしたら隣に並ぶかもしれない相手に対してぞんざいな態度を取るのもどうかと思い、今回ばかりは素直に手を取り立ち上がった。


「俺はお前みたいな筋肉女とは違うんだ。それにあいつらは本気で俺を殺すつもりはないようだ。それならもうとっくに殺られている」

「それじゃあ、修行にならないじゃない」

「ここは第一ステージで、千人あの男たちを倒したら次のステージに進めるらしい」

「へえ、今何人?」

「五人……」


 ジェシーアンは衝撃の告白にしばし思考が停止していたが、信じられなかったといった様子で、勝ち誇った顔をして大威張りのシュウに向かって、いきなり大声をあげた。


「いやいや、そんなドヤ顔していうことないじゃない! 五人? 今で五人、合わせて十人じゃない? ここにきて結構日数経っているわよ。五年なんかじゃ絶対に追いつかないわ!」

「うるさい! うるさい! 山猿のくせに黙れ」


 ジェシーアンはそんな言い訳するシュウの姿に、げらげらと笑い出したのである。


「あなたって完全無欠なイメージだったけど、苦手なものもあるのね。仕方がないから手伝ってあげるわ。一刻も早くここから立ち去りたいし」


 シュウは得意げに笑って、ジェシーアンの力強い手をその細い手で握りしめた。

 実際には倒した男の数は百人を優に超えている。

 数値を小さく言うことで彼女がきっと乗ってくると踏んだからだ。

 ずるいやり方なのは百も承知。しかし二人にとってこれほど絶好の修業場所はない。


 その時、背後で何か物音が聞こえてきたかと思ったら、二人の黒ずくめの男たちがいきなり襲ってきたため、シュウは思わず握っていた手をさらに強く握りしめてしまった。

 そのせいだろう、一瞬彼女の反応が遅れ、男の一人より左肩を剣で斬り付けられてしまう。


「普通に痛いのだけど……。殺すつもりはないのよね……」


 すぐさま、彼女はその男を難なく倒したが、シュウは今まで丸腰だった男たちが急に武器を持って襲ってきたことに不穏な形勢を察知し、ジェシーアンの手を取っていきなり走り出した。



「ちょっと、何処行くのよ?」

「流れが変わった! どうやらお前の事は本気で殺したいらしい」


 ジェシーアンは手を握られてチクリと痛むのではなく心臓がドキドキしはじめた。こうした状況の中、不謹慎であることは承知の上で、彼の後ろを一緒に走る。


「私なら大丈夫よ! まだ戦えるわ」

「もうじき日が暮れる。夜になるとあいつらも消えるし、この迷路も消えてなくなるんだ。一度作戦を練って出直すぞ」


 それなら納得できる。かすり傷だけど斬り付けられたし、無用な戦いを避けてここは逃げるのが賢明だろう。しかしそれよりもこの胸の高鳴りが止まらない。


 長い廊下を走ったところに、ちょうど身を隠せる場所があり、二人はそこに逃げ込んだ。

 シュウはジェシーアンを後ろから抱えるように手をまわして片方の手で口を押えじっと身を潜めた。


「絶対に死なせたりしないからな」

 抱きしめられている手からドキドキが伝わるのではないかと思うほど、もう彼女の心臓は爆発寸前だ。


 近い! 近い! 目が開けられない。

 そう思い、ゆっくりと目を開けると、彼の切れ長な目は廊下のずっと向こうを見つめている。


 あっ、そうかわかった。

 私の胸がチクチク痛むのは、彼のことが好きだからなのね。

 私はユイナに自分の名前を教えて貰った日より前から、彼のことをたぶん知っている。

 そしてずっとずっと前から、きっと好きだったんだ……。



 シュウの言った通り、日が暮れ、夜になると彼らも迷路も跡形もなく消え去り、シュウとジェシーアンは修行場から出て、じゃあまたといって別れた。居住している別の建物群へと向かうシュウの背中を、彼女はしばらく見送ったあと、工房内にある寝室へと急いで戻る。


 寝室ではユイナがすでにベッドに入っていた。思っていた以上に遅く戻ってきたため、急いで上半身を起こし気になるシュウの様子を尋ねた。


「どうだった? 兄様は?」

「……うっ、うん、元気だったよ。これからしばらくは一緒に修行することにした。だから安心して」


 ジェシーアンはそう言った後、ユイナに気付かれる前にそそくさとベッドに潜り込んでしまった。

 ベッドの中でも今日の出来事を思い出してしまい、ドキドキが止まらない。

 抱きしめられたあの手の感触が鮮明に蘇ってきて、顔が自然と赤くなってしまい、これからも二人きりで会えるかと思うと顔が綻ぶ。


 また頑張ろう! 彼にもっともっと認めてもらえるように……。


「ジェシーアン?」

 出かけて行った時と違った反応を示す彼女の様子を、ユイナは隣のベッドの上で感じ取っていた。何か彼女の中で大きな変化があったのは確かだ。


 二人が修行場で出会ったことが転機を迎え、自分達の運命が大きく動き出そうとしていることをユイナは知る由もなかっただろう。

 そしてシュウとジェシーアンの心境の変化も……。




 青白く輝く月明かりが室内に差し込み、女はクーに添い寝しながら下手くそな子守唄を歌っている。

「主、早くお休みにならないと、昼間に眠くなっちゃいますよ……」


 クーはじっと天井を見つめたまま

「残念ながら、黒鼠は思ったよりも強かったの。だからノルマを二千人にした。でも第一ステージはウォーミングアップみたいなものだから……。第二ステージからはツァーしか進めないし、そしてそこからが本番だ。ツァーが本物の怪物になれるかどうかのね……」

 そしてニコニコしながら、被っているシーツを口まで上げた。



 隣では女の下手くそな子守唄が延々と流れ続ける。

 壊れかけのおもちゃが動かなくなるように女の子守唄が次第にゆっくりになって、やがて完全に歌が止まった。

 クーはいい加減この歌にも飽きたなと思いつつ、子どものようにすぐ眠りについた。

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