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デルタトロスの子どもたち ~曖昧な色に染まった世で奏でる祈りの唄~  作者: 華田さち
青年後期(三王国時代 後編)

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愚か者

 自分の寝室へと続く廊下の真ん中で、ユイナが佇んでいるのである。

 彼女は窓辺に寄りかかり、眼帯越しに外を眺めている。薄衣の寝着だけをまとったその姿は、月光を浴びてまるで天女のように神秘的に輝いていた。金色の髪は月明かりに透け、まるで星空の彼方へ飛び立とうとしているかのように。


「こんなところでそんな恰好して、兵士たちに見られたらどうするんだ!!」


 声を荒げ、慌てて駆け寄ると、カイはユイナの手首を掴んだ。

 テルウとジェシーアンの密会が頭をかすめ、胸の鼓動が高鳴っていく。早くこの薄着のユイナを自室に送り届けなければ、どうにかなってしまいそうだった。


 だが、ユイナはカイの手を振りほどき、俯いてしまった。そして微かに聞き取れるほどの小さな声で、彼女は囁くように言ったのだ。



「私と一夜を共にして欲しいの……」



「プッ!?」


 カイは真面目一辺倒のため、予期せぬ女性からの告白や仕草を目の当たりにすると、どういうわけか噴き出してしまう変な癖がある。間違いなく、これは最近起こった中で最も予期せぬ出来事だった。


「何を言い出すんだ。大陸でも一、二を争う、淑女である君の言葉とは到底思えないな」


 西の大国カルオロンの皇女。

 皇女であることが判明したユイナと一夜を共に過ごすなど、下手すれば自分の首が飛ぶかもしれない。


 カイは理性にかっちりと蓋をし、紳士らしくそのまま歩き出そうとした。


「嫌!! 私たちは互いに身内を殺された宿敵同士だけど、私、カイが好き! 大好きなの! スピガの花嫁になんてなりたくない。でも、兄様の暴走は止めたいし、どうしたらいいのかわからないのよ!!」


 ユイナの叫び声が廊下に響き渡る。


 ―――ぶつん!!

 その瞬間、カイの中で何かが確実に切れた。


 ユイナの無防備な姿に胸を揺さぶられたのも一因だった。だがそれ以上に、彼女の口から放たれた一言が、カイの理性を完全に打ち砕いた。

 紳士らしく振る舞うのも既に限界がきている。


「……今晩は、何かと心臓が騒がしい」


 月明かりが柔らかく差し込む中、気がつけばカイはユイナを抱き寄せ、その唇にキスを落としていた。


 眼帯をしたユイナは何が起こったのかわからない様子で、カイの腕にぎゅっとしがみつく。その仕草がさらに頑なな男心を刺激し、勢いに乗ったカイはユイナを横抱きにかかえ上げ、寝室へと急ぎ足で向かう。


「ちょっ、ちょっとカイ、下ろしてちょうだい! 自分で歩けるわ! それにあなた、本より重いもの持ったことないでしょ?」


「……本当に失礼な人だな。でも嫌だ。今ここで下ろしたら、君はそのまま、この星空の彼方に消えていってしまうかもしれない。それにもう俺は決めたんだ。たとえ極刑に値する罪だとしても、たとえ宿敵同士であっても、今夜、君は俺のものだ」


 カイは頬を紅潮させるユイナをしっかりと抱えたまま、歩みを緩めることなく寝室へ入っていった。


 しかし、ここからが本当の試練だった。


 ユイナの眼帯をベッドの上で外すと、カイは胸の高鳴りを抑えつつ、彼女を不安にさせないように慎重に動いた。手をそっと服に伸ばし、ゆっくりとゆっくりと解き始める。


 だが突然、カイの手が止まってしまった。



「いざとなったら、その男と差し違える覚悟なのか? だから最後の晩に、そんな恰好して、普段は足を踏み入れない別棟へ来たというわけか」



 ユイナの左太ももに隠されていた短刀が、カイの目に飛び込んできた。その瞬間、彼の心は深い絶望に包まれたのである。


 カイは思わず彼女を強く抱きしめ、肩を震わせた。


 そんなカイの気持ちを察したユイナは、ガーターベルトを外すと、確かめるように彼の濡れた頬に手を添えた。


「カイ、私ね、叶わないことだとわかっているけど、もしも願いが一つだけ叶うのならば、死ぬ前に一度だけでいい、カイの顔が見てみたい。どんな顔で笑うのか、どんな顔で怒っているのか。そして、どんな顔で私を見てくれているのか」


 悔しさや悲しさで、カイの胸は張り裂けそうだった。


「……ああぁ、ユイナ!! 決して君を死なせたりしない。絶対にその目に刻まれた呪いを解く方法がどこかにあるはずだ! どこかにきっと!!」



 ユイナがどれだけ慰めようとしても、カイは同じ言葉を繰り返し呟き続けた。そして、そのたびに自分の無力さを痛感した。


 自分はなんと愚か者なのだろう。

 学べば学ぶほど、努力すればするほど、それが報われると信じていた。


 ―――しかし、

 自分ではどうしようもできないことが世の中には存在する。

 今度ばかりは全くお手上げ状態だ。


 しかもテルウとジェシーアンの密会を確かめようとした自分が、結局は自分を律することもできない。なんと愚かな男だろう。

 相手は西の大国の皇女だというのに。


 月明かりに照らされて二人の影が重なり合い、その影はゆっくりと夜の闇に溶け込んでいった。



 窓の外では、闇夜に紛れて一羽の梟がそんな二人の様子を見つめている。


 《ようやく見つけた。我が愛しの花嫁よ》


 梟は首をくるくると回転させ、まるで獲物を発見した時のように怪しい光を放っていたのである。



 一方、別棟の最上階に位置するヒロの寝室。グラデスとの婚姻を想定して作られたその寝室は無駄に広く、大きなベッドに横たわるヒロは一人で天蓋を見上げていた。


 ついにフォスタへ向けて進軍を開始する。何としてでもバミルゴへの侵攻を食い止め、ヒロはその足でバミルゴにいるシキの元へ向かう覚悟を固めていた。


 シキとの再会がどのようなものになるのか、ヒロには全く予想がつかない。それでも、今度こそは会わなければならないと強く思う。


 不安と期待が入り混じる中、様々な思いを抱え、夜は静かに更けていった。


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