侵入者
ヒロはいつになく険しい表情を浮かべ、真剣な口調で告げた。その言葉は、彼にしては珍しく、精神的な余裕がないように感じられた。ユイナは、その様子を見て仕方なくヒロの意向に従い、眼帯をゆっくりと外した。
流れるような金髪に、切れ長な薄茶色の目。
ササが加護を注いだコートを無残な姿に変えるほどの力を持ち、巨大な帝国を統治する赤の皇帝。
あの時、真っ赤な煙の中から現れ、シキのことをまばゆい光だと言った男。
ユイナの高貴な立ち姿は、やはりどことなく金髪の男を思い起こさせる。彼女の存在感は、一瞬で周囲の空気を張り詰めさせ、見る者を圧倒させる。
そんなところもあの男にそっくりだ。
ふと気づくと、ヒロはユイナに接近し、ただ真っ直ぐに彼女の顔を見つめていた。唇が触れ合うのではないかと思うほどの至近距離に、テルウとカイは驚愕し、言葉を失った。
「単刀直入に聞かせてくれ。君は一体、何者なんだ? 今日こそは、真実を隠さず話してくれないか?」
ヒロの真剣な問いかけは、部屋の静寂を破り、ユイナの心に重く響いた。
裸眼で彼の心を読み取ろうとしても、深い闇に包まれ、まるで感知できない。
普段は温厚な彼が、今は厳しい顔付きをして、心の底から本当のことを知りたがっているのだ。
かといって、真実を打ち明けられるだろうか?
忌まわしい契約が刻まれたこの瞳のことなど。
そろそろ潮時かもしれない。
ユイナの頭の中に、彼らの元から去るという選択肢が過った。
もちろん彼らに対して感謝や恩義は感じていたが、逃がしてくれた兄やジェシーアンの気持ちを蔑ろにしたくない。
とはいえ、後ろ髪を引かれる想いも拭いきれない。
ユイナがふと、カイの方へ不安そうな視線を向けると、彼は素早く駆け寄り、ヒロとユイナの間に割って入った。
「いい加減にしろよ!! 今のお前に余裕がなくなっているのはわかるけど、問い詰めるような真似して恥ずかしくないのかよ? 可哀想に、怖がっているじゃないか?」
カイから浴びせられたその一言で、ヒロははっと我に返り、自分の行動の愚かさに気づいた。顔を手で覆いながら、今度は深く落ち込んでいる。
シキに寄り添う大火傷を負った男。
エプリトの軍神は去り際、シキの体調が戻ったら必ず使いを出すと言っていた。
あれから一向に音沙汰がないのも不安材料の一つだ。
そうかと言って、会いにいったらいったで、あの力が発動し彼女を再び襲ったりしないのだろうか?
そう思うと、ヒロは疑心暗鬼でいっぱいになった。
「ユイナ、カイ……すまない。俺はまだまだ精神的に未熟なようだ。こんな時こそ、自分が試されるのに。君が何処の誰かなんて、本当に意味のないことだったな」
ヒロが頭を下げて詫びていたその時だった。
廊下が急に慌ただしくなり、大勢の足音が交錯し始める。
そして、突然の大きな音とともに、アラミスが兵士を伴い、血相を変えて執務室に駆け込んできたのだ。
彼はいつも着ている木の皮を剥いたような色の上着ではなく、重厚な鎧を身にまとっていた。周囲の兵士たちも戦装束に身を包んでいる。
「で、殿下!! 何者かが城兵の制止を振り切り、城門を突破しました。すぐに御避難を!!」
アラミスの言葉に、カイたちも凍りついた。
「ま、まさか西の大国じゃねぇだろうな?」
テルウが指摘すると、ユイナの頭も真っ白になった。スピガの烏に見つかり連れ戻される時が来たと思い、ヒロたちの前で立っているのがやっとだった。
「侵入者はどうやら一人だけのようです。全身黒ずくめで、次々と兵士を打ち倒している模様。城内に踏み込まれる前に殿下は早くお逃げください」
「尻尾を巻いて逃げるわけがないだろう。迎え撃つに決まっている」
ヒロの決意が、場の緊張感を一層高めた。




