犯した過ち
メンデューサは頭部に酷い傷を負っているペンダリオンの身体を両手で強く抱き締めた。些細な嫉妬心から生まれた悲劇。
愛しい人たちを失ってしまった責任は自分にある。
酷く取り乱して泣き崩れるメンデューサは、やがてぽつりぽつりと短い言葉でこれまでのことを話し出した。
「ペンダリオンが正式にロウェナを妻に迎えたいって。だから最後にロウェナと一晩過ごしたくて私の家に泊まってもらったの。朝になってロウェナを屋敷まで送ろうとしたら、錯乱状態のリヴァがカルオロン兵を襲っていて、あっという間に彼らを全滅させたの。それだけではないわ! 私のママや村人まで………。ううっ!」
メンデューサの口を衝いて出てきたのは、歪められた事実だった。
真実であろうがなかろうが、二人が帰って来る訳ではない。実際にはお膳立てしたのは自分であるが、細かい真実を伝えたところで、彼らの師匠の耳にはもう何も届かないだろう。
それを証するかのように、二人の禁断の関係を知り、真っ青になっているダリルモアはロウェナをペンダリオンの横に寝かした後、話も聞かずに胸元から出した冊子に何やら書き物をしている。暫くしてそれを書き終えると、投げ捨てるように燻る煙の中に焼べたのだ。
――――在る所に予言者の女がいた。その女は言った。自分から生まれてくる子どもは将来、大陸の行く末を決定する重大な謎を解き明かすと――――
「なにが、予言者の女だ。ペンダリオンが死んでしまっては予言なんて当たりっこないではないか」
意味深な言葉を残してダリルモアは立ち去ろうとする。メンデューサは彼に向かって問いかけた。
「おじ様、どこ行くの?」
「メンデューサ、もう私には何も残されていない。自らが犯した過ちが彼らを不幸にし、全てをぶち壊してしまったのだ。これから私はすべてを終わらせるためにカルオロンへ向かう。彼のような生きたままの人形を、もう二度と作らせないために………。悪いが頼みがある。私たちには帰るべき家がない。だからこのまま彼らをここに埋葬してやってほしい」
「あの子はどうするの?」
メンデューサが訊くと、歩き出したダリルモアは足を止めた。
「残念ながら、正気を取り戻してもあいつに待っているのは破滅だけだ。罪なき者を手にかけた良心の呵責に苛まれ、死ぬまで続く苦しみを味わうことだろう」
と身の毛もよだつ怖い顔をして去って行った。
取り残されたメンデューサの前で、先ほどダリルモアが焼べた書物からパチパチ音がする。虚無感に包まれながらメンデューサはそれを拾い上げた。
「あっっつ、くっそーーーー! 頭が痛ってぇーーーーー!!!」
めりめりという音をたてたかと思うと、先ほど心臓が止まっていたペンダリオンが突然目を覚まして起き上がったのだ。
「ペンダリオン、生きていたの!?」
メンデューサは拾い上げた書物をすかさず胸元に隠し、再び彼の元に駆け寄った。
だがすでにペンダリオンはこんがりといい感じに燻されたキノコを一心不乱に貪り喰っている。頭部から大量の血を流し、鬼の形相をして人の手の形をしたキノコを喰う。それはもう地獄の底からやって来た魔王のようである。
そして突然、メンデューサの髪の毛を引っ張ると、涎を垂らしながら顔を近づけてきた。
「小煩い師匠には金輪際会いたくないから、お前が心臓の音を確かめた時だけ、“無”になって鼓動を消し去った。私にはこれよりやらなければならないことができたからな。ロウェナをこのような目にあわせたあいつだけは、あいつだけは、生かしておくものか。何があってもこの手で必ず地獄に送ってやる」
この時、復讐の鬼と化したペンダリオンを見て、メンデューサは金縛りにあったように身体が動かせなかった。もしもお膳立てをしてカルオロンに情報提供したのが自分であると知れたら確実に殺されると。
…………やべ。この件については、一生口を閉ざしておこう。
背筋が凍る思いをするメンデューサの前で、そう言い残してペンダリオンはパタリと突然、意識を失ったのである。




