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師匠

「お迎えがきているようだぞ」

 舟夫がそう言うと、白い砂浜に二人の女が立っていた。

 その女は裾まである乳白色の薄い衣を着用し、透けた衣から女らしい豊満な肉体を覗かせ、髪は茶色のくせ毛を綺麗に結い上げている。二人の女はそれなりに美しく、双子のように全く同じ顔をしているのだが、生気がなく見方によっては大きな人形のようだった。


「お待ちしておりました。我が主がお呼びです」


 シュウ達は手漕ぎ舟から降り、女たちに連れられ砂浜から天まで続くかと思うほどかなり長い階段を上りきった。

 するとそこは奥に数々の大きな建物群と山や岩も確認でき、それ以外は一面が色とりどりの花で覆われている何とも神秘的な空間が広がっていた。

 時折、風に乗ってやってくる芳しい花の香りを嗅ぎながら見える景色は、まさに最期の楽園といった感じだ。


「見せてあげたいぐらい、すごく綺麗な景色だよ、ユイナ。赤や黄色、白、色々な花が咲き乱れている」


 ジェシーアンはユイナに、目の前に広がる美しい景色を何とか伝えたくて、軽い気持ちで言ったのだが、

「こんなものは目眩ましだ。あの舟夫も、この女達も、もう島そのものが、まやかし物に他ならない。真実だと思ったら負けだぞ、山猿」

 とシュウは怖いくらい真剣な目つきでそう言った。


 確かにそうだ。

 五年間もこんなまやかしの島に居続けないといけないのだもの。

 少しでも信じたら負けだ。すべては己の心次第なのだ。


 ジェシーアンはシュウのたったその一言で、自らを奮い立たせて女たちの後をただ黙って歩いた。


 女の一人はそんな彼らを

「何を仰っているの? ホホホ」

 と言って上品っぽく笑い、代理石の回廊を大きな建物群の方へと向かう。


 さらに上へと数十段の石段が続く一番大きな建物の前に辿り着いた。

「主はこの建物内におります。さあお待ちかねですよ。あとはあなた方でどうぞ」

 女達の顔は先程とは違い、美しいながらも術師らしく不気味に口が裂けそうに笑っていた。

 そんな女達を身の毛がよだつ思いで見てから、シュウ達は三人で石段を上っていく。


「シュウ、スピガの師匠、クーってどんなやつなのだと思う?」

「スピガが本当は何歳か知らないが、その師匠だったらしいからな」


 すっかり忘れていたのにスピガの事を思い出したユイナは躓きそうになり、ジェシーアンは焦って彼女の肩を思いっきり引き寄せた。


「大丈夫、ユイナ? 良かったぁ。ここから落ちたら大変だったよ」

「あっ、ありがとう。気を付けていたのだけど……」

「さあ、ここから地獄の入り口だ。俺たちは五年後、必ず三人揃って島から帰るんだ」



 石段を最後まで上り切った先にも先程の二人と同じ顔をした女が立っていた。

 どうやらこの島にはこの女しかいないのかと思っていると、建物内には姿かたちの違う女たちもいるようだ。

 数人は建物内を走り回って何かを一生懸命探している。


「申し訳ありません。ちょっと主が行方不明で……」


 女はホホホと苦笑いしながら、シュウ達を建物内部へと案内した。

 内部は白い大理石の壁が張り巡らされ、どこもかしこも高価な調度品が飾られている。シュウはふと遠い記憶に残る故郷カルオロンの城を思い出したのだが、すぐに此処がまやかしの島だったと気付き、早急に気持ちを切り替えた。


「本当に何処に行ったのかしら。おかしいわねえ」


 中庭や貴賓室、調理場、女たちの部屋とあちこち探しまわるが、主とやらを探し出すことはできない。

 女はついに痺れを切らして、部屋のドアや中にある家具類をバタバタと開け閉めしだした。そんな部屋のひとつを開けたところ、そこは広い子供部屋で、中にはおびただしい数のフランス人形や、絵本、おもちゃが乱雑に置いてあった。


 その部屋を見たシュウは一人、どかどかと隣の衣装部屋の中に入っていき、一番大きな扉を開くとその中には小さな子どもが静かに蹲っていた。


「いつの時代でも、子どもが隠れる場所なんて決まっている」


 吐き捨てるようにシュウが言った時、女が後ろから走ってきて、衣裳部屋で隠れていた子どもを抱き寄せるように中から連れ出してきた。

 その蹲っていた子どもは、ジェシーアンより少し年下の七、八歳位と思われるサラサラした金髪のおかっぱ頭をした男の子で、目は薄い水色をして、細かい小紋柄をした濃い深緑のウエストコートとブリーチズを着ている。

 シュウ達をその小さな水色の目で一瞬見たあと、とことこと隣の広い子供部屋へと入って行った。


 三人がその子どもを追いかけると、彼は明らかに年齢にそぐわない、幼児用の揺り木馬にまたがって退屈そうな顔をしてこちらをじっと眺めている。


「ねえ、この屋敷の主、クーって人を探しているのだけど知らないかしら? あなたのお父さん?」

「お嬢さん。その方ですよ、主は」

 後ろから女がくすっと笑って、問いかけるジェシーアンに優しく答えた。


「嘘でしょう? この、坊ちゃん貴族が?」


 ジェシーアンがそう言った途端、彼女は思いっきり数十メートル後ろの壁に叩きつけられ、兵隊の人形の腰に差してあった剣が回転しながら猛烈なスピードで飛んできて、左のこめかみスレスレに突き刺さっていた。


「僕を怒らせない方がいいですよ、レディ。

 あなた方はすべて我々の手中にあるのだから」


 そう言うが早いか、部屋中にあるおびただしい数の人形が、クー目掛けて飛んでゆく。

 彼は木馬に跨りながらそれらを瞬き一つせず空中で止め、そしてその全ての人形を床に叩きつけた。

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