本当の家族
「何を仰っているのですか? これは生死をかけた決闘です。どんな手を使っても勝たなくてはならない。それにいきなり蹴りつけてくるなんて指導者としての品位を問われますよ」
ペンダリオンは血が滲む口元を手で拭いながら殴ってきたダリルモアを睨みつけた。
「精神を混乱させて攻めるという卑怯な手を使うことがか? そもそも私は弟子同士の勝手な決闘など認めておらん。だから制裁を科した!!」
ダリルモアは目に哀しみを込めて、静かにペンダリオンのことを見ていた。ロウェナがリヴァの元に駆け寄り、兜を外すと錯乱状態に陥っている彼の耳元で“あの唄”を優しく歌い出す。
するとそれに合わせて、ダリルモアはそっとリヴァの口に丸薬を含ませる。
すうっと眠りについたリヴァを見て、ついにダリルモアは覚悟を決めた。
彼らに全てを話そうと。
母である予言者の女のこと。
セプタ人の末裔としての使命。
そして何よりも、目の前にいるのが自分たちの父であるという事実を。
そうすれば、互いに兄妹であることが分かり特別な感情を抱くこともない。
真の意味で家族となることができるのである。
少し緊張はしていたが、心は思いの外穏やかだった。
これで少しはペンダリオンの歪んだ性格が改善されるかもしれない。
それとは対照的に、リヴァを献身的に看病しているロウェナは厳しい修行にも耐え、尚且つ心優しい子に育ってくれた。
この双子には今まで十分に与えてやれなかった分、惜しみない愛情を注ごう。
「…………実は、其方たちは」
そう言いかけた時、いつの間にかダリルモアの後ろに数人の男たちと村長が立っていた。
村長以外の男たちは暑苦しそうな立襟の祭服を着て、デルフィンがのせていた冠よりさらに小さい冠を頭にのせて、両手を袖に入れたままでいる。
「ダリルモア殿。こんな時に何ですが、実は領主様のお加減が優れないようなのです。領主様は以前、貴方に頂いた薬草がいたく気に入っておいでで、その薬草を分けてもらうことはできないかと申しております。了承してくれたらキルア一行はこのまま国に引き揚げるらしいのです。ここはその……、村民たちの命を守るため何とか薬草をお願いできないでしょうか?」
村長が申し訳なさそうな顔をして、彼らの言葉を代弁した。
これだけのことを仕出かしておいて協力を仰ぎたいとは虫が良すぎる話である。
しかし試合会場に配置されている暗殺者たちは水分もとらず、相変わらず死んだように身動き一つしない。ここは力ずくでも了解させるつもりなのだろう。
「あれは今、ここにはない。知り合いが特別に調合しているのだ」
「それなら、紹介状を書いてくださいませんか? 我々がそこへ出向きます」
デルフィンの側近の一人が顔中を和やかにしても、ダリルモアには厄介な問題が一つ増えただけだった。
セラの薬局にこの無粋な奴らが乗り込んでいくなんて想像するだけで恐怖を感じる。
この足で集落の薬局に向かい、薬を受け取ってから早馬でキルアに向かえば数日で済む。
そうすれば、この会場にいる大勢の人質の命は救われるのだ。
話が途中になってしまったが、数日後には続きが話せる
本当の家族になれる話を――――。
だが、結果的にこの続きがダリルモアの口から語られることはなかった。
ダリルモアがセラの薬局に向かい、試合会場を離れたことがさらなる悲劇を生んでしまったのだ。
御前試合が尻切れトンボみたいな終わり方を迎え、帰り支度を始めた観客たちを見下ろす小高い丘の上で、フード付きのマントを着ている体格のがっしりした二人の男の姿がある。
「今すぐに軍用鳩を赤の将校に向かって飛ばせ。二年探し回って、ついに出来損ないの梟を一匹発見したとな」
「は? 梟? どこにいるのですか? 灰色らしき者はどこにも見当たりませんが」
二人のうち若い男の方は皆目見当がつかなかったが、もう一人の髭ずらの男に言われた通りに、馬に括り付けてある籠から一羽の鳩を取り出した。
「倒された白薔薇の騎士のことだよ。顔を見た時はまさかと思ったが、切っ先を地面に向けた構え方。あれこそが洗脳された灰色の梟たち独自の構え方だ。子どもたちは筋力がどうしても弱く剣を下段で構えてしまう。その時の癖がつい出てしまったのだろう」
髭ずらの男が汗を拭きながら言った。
若い男が書いた通信文を携え、放たれた軍用鳩は空高く舞い上がってゆく。
軍用鳩はぐるり試合会場を旋回すると、陽の光をあびて西の空へと飛び去っていった。




