一撃
両足を肩幅よりやや広めに開き、そのうちどちらか片方の足は踵を半分ほど上にあげておく。こうすることで左右どちらから攻め込まれても俊敏に反応ができる。
予想通り暗殺者なるものは、騎士のように構えることなく、対象となる相手の心臓の音だけに全神経を注いでいる。
こういった輩は、道徳心や誇りといった感情が欠落しているから厄介だ。
どちらかというと、危険な猛獣に近い。
ペンダリオンは目を閉じて“完全な無”となった。
心臓から送りだされた血液が、脈々と全身へと流れていく時に生じる鼓動を完全に消し去り、精神的な境地に達した時のことである。
暗殺者の男はペンダリオンの心臓に狙いを定めて、鉤爪で攻撃を仕掛けてきた。
猛獣のように上から鉤爪を振り下げてきたのを、ギリギリの位置で屈んでかわすと、即座に距離を詰め、確実に首元を狙い余計な力を全て抜き去り素早く剣を振るった。
どさっと九の字に倒れた暗殺者のことを、その場にいたものは固唾を呑んで見ている。
「い、一撃……。本当はあんなに強かったのか」
村長はペンダリオンの予想外の実力を知り、間のぬけた顔をしている。
「ほほう! やるではないか。あの弟子!! 気に入った! 気に入ったぞ!! さすがは大陸一の剣士と呼ばれたダリルモアの弟子である!」
期待以上の戦いっぷりを見て、心の底から喜んでいるデルフィンを横目に、ダリルモアは満足とも不満足とも取れない複雑な顔つきをして、返答もしないでいる。
ここ最近は、怠けてばかりであると思っていたが、なかなかどうして。以前より鋭さが増している。
凄腕暗殺者が手負いの獣とならないよう一発で仕留めるとは。
セプタ人の末裔として運命の子を導く器は十分にあると言えるだろう。
そして、デルフィンの度重なる傍若無人な振る舞いに我慢の限界が近づいていた。
これでは弟子の命がいくつあっても足りない。
観客の拍手喝采を浴びたペンダリオンは胸に手を当て、丁寧にお辞儀すると、次の瞬間、誰もが予想もしていなかった行動に出る。
剣の切っ先をリヴァの方に向けて、挑戦とも取れる仕草をしたのである。
会場がざわざわと騒がしくなり、何が起こったのだろうと訝しげに見つめている。
「これは面白い展開になってきた!!! 先ほど引っ込めた女騎士を取り合い弟子同士で決闘とは!」
立ち上がって賞賛の拍手を送るデルフィンの隣でダリルモアは非常に困惑している。
「は??? 何を仰います。そんな事は有り得ません。何故なら彼らは…………」
「彼らは、何だというのだ?」
デルフィンの質問に対し、ダリルモアは回答に行き詰まってしまった。
ペンダリオンとロウェナが実は自分の本当の子で、彼らが同じ日に生まれた双子であることは、母親の領地の者たちしか知らない秘密である。
例え、双子である事は知らずとも、物心ついた頃から兄妹のように一緒に育てば本能から自ずと分かるものだと思っていた。
実際、双子は生まれた瞬間から特別な絆で結ばれており、離れていても心が通じ合うことは広く知られている。
特別な感情を抱くことなど有り得ない。
だが、果たして本当にそう言い切れるのであろうか?
互いに兄妹であることを知らなかったとしても?
思わずダリルモアはぶるっと身震いした。
言葉では言い表せないほどの闇が彼を包み込み、身体が動かなくなってしまった。
いや、まだそうと決まったわけではないし、気のせいかもしれない。それにロウェナとリヴァは急速に距離が縮まっている。
それを傍で見ていればペンダリオンだって自ずとわかるだろう。
ダリルモアはそう何度も自分に言い聞かせたのである。




