最高の美肌
手に入れたい最高の美肌が目の前にある。
しかも持ち主がこんな案山子みたいなおっさんだなんて!!
是非とも知りたい! その美肌の秘訣を!
視線を感じ取ったデルフィンは眉をひそめ、いきなりメンデューサの手首を力いっぱい引っ張った。
「私の顔をじっと見て、気持ち悪い女だな」
デルフィンにそう言われて、しまった見とれている場合ではなかった!! とメンデューサは身体を強張らせた。
「……お、お口に合わなかったでしょうか? 付け合わせの野菜をだいぶ残されているようなので」
苦し紛れに、こんな言葉を口にしてしまった。
毒見役が毒味し、デルフィンが食べ終えたメインディッシュの皿には、綺麗に肉だけが食べ尽くされ、付け合わせの野菜や芋類、香草の類は残されたままである。
「お、おいっ!!? 女、許可なく勝手に御領主様に話しかけるな!!」
彼を取り囲む男たちに戦慄が走る。
デルフィンはメンデューサの手首を握ったまま、他の男に口元の汚れを丁寧に拭き取らせていた。
余程のことなのか、拭き取っている男の手が微かに震えている。
そして男が拭き終えると、
「本来なら、食事の席に女がいることさえ不快だ。ましてや許可なく話しかけてくるなど言語道断。私の領地内であったならば不敬罪で訴えられる行為であるぞ。視察中であったことで命拾いしたな、厚化粧の女よ。私は常に良質の肉類を好んで食べるようにしている。何故ならば、それが美肌を保つための一番近道だからだ」
こう言って、デルフィンは掴んでいたメンデューサの手を払いのけるように離した。
その様子を隣で見ていた年配の村長は顔面蒼白となり、生きた心地もしないような顔をしている。
恐らく、寿命が縮む思いだったことだろう。
しかし、メンデューサはまったく動じることなく、痛みの残る手を擦りながら、「それは、貴重な情報を教えていただき感謝申し上げます。余計な口出しをしないよう、以後気をつけますわ」とほんのり笑ってみせた。
ダリルモアはこのやりとりを横で聞きながら終始無表情であった。
噂以上に女性蔑視が甚だしい。
ここはやはりロウェナの身を隠すのが得策であろう。控え室から決して出ないよう釘を刺したつもりだったが、特別な想いを抱いているリヴァが出場するのをただ黙って見ていられるのか。
「では試合開始の鐘を鳴らせ! 大陸一の剣士と呼ばれた其方の弟子の実力が如何なるものか。とくとこの私に見せてみろ!」
苦しげな表情に変わったダリルモアの様子を満足気に見てから、デルフィンは会場の方に合図を送った。
「勿体なき、お言葉にございます…………」
食事もとらずにダリルモアは小さな声で返した。
ここは黙って従う方が得策だと判断したからである。
しかし内心はロウェナにせよ、リヴァにせよ、大事な弟子の無事を祈らずにはいられなかった。
冷たい鐘の音が北の寂れた村に鳴り響く。
観客たちの期待や興奮は最高潮に達し、彼らの視線は選手が入場するための特別な出入り口に注がれた。
するといかにも騎士っぽい髭面をした四十過ぎぐらいの小太りの男が入場してきた。
彼は最低限の防具を身につけ、剣を握った左手を高々とあげて声援に応えている。
出入口付近でその様子を見ていたロウェナの顔からさあっと血の気が引いていく。
「あっ、あんなに強そうな奴だって聞いていない!!! 年齢だけじゃない、体格もリヴァの倍以上あるわ!? ちょっとペンダリオン、あなたからも先生にお願いしてすぐにやめさせてちょうだい! あの領主、絶対におかしいわ!!!」
「ロウェナ、そんなことをしたら先生の顔に泥を塗ることになる。先生も仰っていただろう? 普段の練習通りに戦えばいいって」
ペンダリオンはまるで他人事みたいな顔をして、リヴァに防具をつけている。
このままでは埒が明かないと思ったのか、ロウェナが飛び出していこうとするのをペンダリオンは腕を掴んで制止させた。




