大切な相手
「ぶはははは! それで、本当は出場したくなかったけど、ロウェナにいいところ見せたくて、思わず出場するって言っちゃったわけね。情けねぇ奴ーーー!!」
「だって、仕方がないだろう。先生はもともとあいつを出場させるつもりだったけど、練習不足だと言って尻込みをするから」
「ペンダリオンが尻込み? まさか!?? あんたそれ、彼の術中にはまったのよ! 彼は剣術だけでなく、知性、そしてずる賢さ。すべてを兼ね備えている。お偉方の前で技量を競うようなくだらないことに興味はないわ。あーーー、もう! 彼って、なんて素敵なのかしら!!」
メンデューサが嬉しそうに顔を綻ばせる一方で、リヴァは嘘をつかれた事実を知り、両手で頭を抱え込んでしまっていた。
メンデューサは目の前にいるリヴァのことをこうして揶揄うのが大好きだった。
根が素直で純粋なのか、どんなことでも真に受ける。反応が面白いから何度も揶揄いたくなるのである。
暇つぶしにはもってこいだ。
この二人、意外な組み合わせであるが、実は言いたいことが言える大切な相手でもある。
リヴァが食材調達担当として池のほとりにやって来たときだけ、こうして胸の内を語りあっている。
なんでも言い合える関係。
それは特別な利害や恋愛感情が全くない者同士だからだった。
手っ取り早くいえば、互いに取り繕う必要がなく楽なのだ。
それはさておき、好意を抱いているペンダリオンの行動を完全に把握しておきたいメンデューサは、落ち込むリヴァの頭を抱き寄せた。
「あたし、御前試合の接客係に潜り込むわ。いざとなったら、世間知らずの弟みたいな可愛いあんたを助けるために一役買ってあげる。だから大船に乗った気持ちでいなさいな」
実を言うと、姐御肌な一面を見せるメンデューサの狙いは別のところにある。
ペンダリオンは絶対に試合会場に足を運ぶだろう。この弟弟子が使い物にならないとわかったら、師匠は代わりに彼を出場させるはずである。
その時こそ、チャンス到来。
これを機にあの毒親に言ってやる。
あたしには何もできない金持ちよりも、彼みたいに将来性があって、全てにおいて最強の勇者の方が、未来の夫として相応しいと。
リヴァは安心しきってメンデューサの肩に頭を預けて目を閉じている。その様子をメンデューサは含み笑顔で見つめていた。
御前試合が開催される日は珍しく暑い日で、朝から賑やかな雰囲気が漂っていた。
いつもは閑散としている村には、周辺の集落だけでなく、噂を聞きつけ遥々西側から足を運ぶものもいる。
彼らは汗をかきながら、試合が良く見渡せる場所を探すのに必死だ。
それはまるで御前試合という腕比べが、もはや娯楽の一形態となっていることを物語っていた。
やがて、デルフィンというキルアの豪族が大勢の騎士を引き連れて入場してくる。周りにいるお付きのものは、日傘をさして彼に日光が直接当たらないようにしていた。
デルフィンはこの日のために急遽、あつらえた貴賓席に座り、その両隣には緊張しっぱなしの村長と、大陸一の剣士ダリルモアが座らされた。
「一杯、いかがですか? これは北部でしかつくられていない珍しいお酒ですの。お肉にも合うと思いますわ」
メインディッシュを出し終えた頃合いを見計らって、もはや、誰かわからないほど厚化粧を施したメンデューサが貴賓席に座るデルフィンに近づき酒を勧める。
ギロリと見上げるように彼はメンデューサのことを睨むと、すぐ背後にいた男の一人が酒のグラスを取り上げた。
「御領主様は毒味役が味見をしたものしか召し上がらない。女、まずはこちらに持って来い」
そう言って、毒見役の大柄な男にグラスを手渡した。
毒が含まれていないか毒見役が確認し終えてから、ようやくデルフィンはグラスを受け取り、酒を口に含んだ。
その時の眉毛が全て削ぎ落とされたのっぺりとした領主の顔は、三十は超えていると思われるのだが、羨ましいほどの美肌だった。仕事を忘れて、思わずメンデューサは手を止めデルフィンのことを二度見してしまった。




