赤髪の麗人
それから数日が経ち、メンデューサは母の目を盗んでようやく少年の屋敷とやらに足を伸ばした。
がっちり胃袋を掴むため、バスケットの中には先日よりも腕に縒りを掛けた食事が多めに入っている。
その屋敷は裏手に大きな木がある煉瓦造りのそこそこ広い屋敷で、煙突からは煙も上がっていた。
メンデューサが中の様子を窺いながらウロウロしていると、「うちに何か用か?」と誰かに声をかけられた。
思わずぎくりとして振り返ると、背が高く、短く切り揃えられた赤髪の男の子がにっこりと微笑みを浮かべ立っている。
池のほとりで会った少年はもう一人弟子がいると言っていた。
腰に剣を据えていることから、運悪くそっちの方と出くわしてしまったようだ。
頭の中が真っ白になったメンデューサは咄嗟に、いつも母親から学んでいる男性を虜にする女っぽい目つきをした。
目元に少し色っぽい余裕を残しながら、やや伏し目がちにし見つめる。
ところが、男の子は何の変化もなく、メンデューサに向かってにっこりと笑いかけたままなのだ。
ん!?
あの毒親の秘技が効かない?
それとも、所詮自分の魅力はこの程度なのか?
調和の取れない時間が少し過ぎた頃、男の子はメンデューサの持っていたバスケットに目が留まる。
「あれ? 君はもしかしてペンダリオンが言っていた、将来はシワに悩まされ………。いや、御馳走をくれた子? あの料理とても美味しかったぞ。今日も持ってきてくれたのか!!」
と表情を明るくした。
やや高く聞こえる声のトーン。
丸みを帯びた腰つき。
効かない秘技。
念の為、確認してみると、成人男性に現れるという喉仏も見えなかった。
「あ、貴方は、もしかして女の子なの!?」
メンデューサが叫ぶと、その子は顔を真っ赤にしてポリポリと頭を掻いた。
「あれ、バレちゃった? やはり女の子は簡単には騙せないか。外では男のように振舞っているんだ。だってそうしないと、師のような凄腕の剣士にはなれないでしょ?」
男装の麗人とは彼女のような人のことを言うのだろうか。
凛とした佇まいの中にも、どこか女性的で、美しい魅力がある。
それに少年らしい見た目と、女の子口調のミスマッチが何とも言えない愛らしさを感じさせた。
同時にメンデューサには小さな嫉妬心が芽生える。
ど天然なこの可愛らしい人と彼は同じ屋根の下で暮らしているのだから。
「ペ、ペンダリオンという名前なの、彼? 先日は挨拶も交わせなかったわ。今日はどちらにいらっしゃるの?」
メンデューサはきょろきょろあたりを見回した。
「村長の所さ。私たちは交代で従騎士を務めている。よかったらゆっくりお茶でも飲んでいかないか? 私の名はロウェナ。貴方の名は?」
「メンデューサよ。その先の小さな家に住んでいるわ」
「君の美しい顔と同じ位、素敵な名だね」
男の子が言うと嘘くさい言葉であっても、麗人がこういうキザな台詞を言うとカッコよく聞こえるから不思議なものだ。
相手が女の子だとわかっていても、メンデューサは何故かキュンと少しだけ胸が熱くなった。
ロウェナたちが暮らしている屋敷は無駄な物が一切置かれていない殺風景な室内だった。
どこに腰掛けて良いのかも分からずに戸惑うメンデューサを見て、ロウェナは別の部屋から少し大きな客人用の肘掛け椅子を持ってきた。
「質素な部屋だろ? 私たちのような遍歴騎士は雇い主もころころ変わる。だからすぐ移動できるように最低限の荷物しかないんだよ」
その後、ロウェナは客人をもてなすためにお茶を淹れた。
そしてメンデューサが女性らしく口にカップを運ぶのを、目を皿のようにして見つめている。
熱い視線を感じて目が泳ぐメンデューサを見てハッと我に返ったようだ。
「ご、ごめん!!! あまりにも綺麗な所作だったから、つい見惚れてしまった!」
ロウェナは焦って真っ赤になり、その動揺を隠すように慌てて立ち上がった。
あったりめーだ。
こちとら、化けの皮が剥がれないように毒親から仕込まれてんだ。
っていうか、そんなこと女のあんたに言われても、ちっとも嬉しくねーんだよ!!
メンデューサがそう思いながら冷ややかな視線を向けている先で、ロウェナは机の上に書類を広げ出した。
紙の上には見慣れない記号のような物がびっしりと書かれている。




